巻頭言(2024年春号)


HOME / 季刊誌 / 2024年春号(Spring 2024) / 巻頭言(2024年春号)

巻頭言(2024年春号)

Foreword (Spring 2024)

岡田 保良, Yasuyoshi OKADA

現門司港駅周辺俯瞰(展望室より、2009年)
現門司港駅周辺俯瞰(展望室より、2009年)

高輪築堤、そして初代門司駅の遺構

2022年の初め、ヘリテージ・アラートが話題になった高輪築堤遺跡。山手線内側、高輪ゲートウェイ駅前の再開発街区を貫いて延々1キロ近くつづく石垣の遺構に目を見張ったものです。しかし現地に保存されることになったのは、わずかその1割余。開発主体のJR東日本も文化庁も可能な努力を尽くしたとされる反面、私たちの立ち遅れを大いに悔いる結末でした。そして切り取られるように保存されることになった部分のみ、旧新橋停車場跡と一体のものとして国の史跡に指定されました。価値があるから保存するという当たり前の理屈ではなく、保存が可能な部分のみ指定の対象とするという行政の現実を見た思いです。世界遺産ではオーセンティシティとともに重視されるインテグリティの観点は、そこでは考慮されないことを改めて知ることにもなりました。

ただ、再開発事業そのものへの批判は措くとして、さらに広がるその後の事業展開にあたっては、北にも南にも間違いなく新たな遺構の発掘発見が見込まれます。そのためJR東日本では高輪築堤調査・保存等検討委員会と別に、「幅広い視点から高輪築堤等の価値および保存・継承のあり方を検討し、事業者に助言を行う」目的で有識者会議を設け、報じられるところでは現地保存が可能かどうかを今後の検討の出発点とするとのことです。直近のJR東日本のニュースは、本年4月までに田町駅近傍の羽田空港アクセスルートで新たに発掘された築堤遺構について、160mのうち100mはそのまま保存することを伝えています。全面ではないとはいえ、当初計画の変更を伴うぎりぎりの努力がなされていると推察しています。今後は品川駅側での遺跡の調査とその扱いを注視したいと思います。

首都圏を離れて神戸の地では、昨年末に発掘された幕末の「神戸海軍操練所」の石積み防波堤が注目されています。神戸開港に先立つ施設の証として「国の指定文化財クラスの価値があるのではないか」「何らかの方法で遺構を直接見られるよう保存したい」との神戸市長の談話を地元紙が報じています。良き前例となることを期待しましょう。それに比して、本誌前号「はじめに」で紹介した初代門司駅遺構の保存に関し、原因者である北九州市は、調査は実施したが文化財としての評価はしないと公言して憚りません。評価しなければ保存しなくてよい、などという理屈があっていいはずはありません。有力紙東京版も驚きをもってこれを報じました。高輪、神戸、そして門司、と総じてみると、すでに世界遺産として知られる「明治日本の産業革命遺産」に思いを致すのは筆者だけでしょうか。3つの事例に限らないかもしれません。これらがユニバーサルな価値の観点からも大いに論じられることを望みます。

関連記事:

重要文化財「門司港駅(旧門司駅)本屋」(2009年)

発掘後ブルーシートのかかる初代門司駅関連遺構(2024年2月)

イコモス本部では

翻ってイコモス本部の動向に目を向けると、Scientific Councilが提唱する今年から2027年にかけてのICOMOS3か年計画(Triennial Scientific Plan 2024-2027)が注目されます。というのも、残念ながら私たちが貢献できる余地の乏しかった前年度までの「気候変動対応」というメインテーマに代わり、「災害と紛争における文化遺産の保護」が掲げられました。本部ボードメンバーでもある大窪健之理事がご活躍のICORP (Risk Preparedness)の方々に期待がかかるとともに、本部のワーキンググループにはISCCL (Cultural Landscape)から推されて石川幹子理事が参加されています。災害大国日本の経験はこの3か年計画に必ずや貢献できることでしょう。もちろん日本イコモスとしても支援を惜しまない所存です。

他方今年のICOMOS年次総会はブラジルの世界遺産都市オウロ・プレトで開催される予定で、シンポジウムのテーマは60周年を迎えるベニス憲章とされました。それとともに今年は奈良文書の採択から30年。こちらの方は河野俊行氏を主査とする日本イコモスのNARA+30特別委員会を中心に記念事業の企画を進めています。皆さまのご参加ご協力をお願いいたします。

関連記事:

(日本イコモス国内委員会委員長)