令和6年能登半島地震の文化財被害と被災文化財支援特別委員会の取り組み


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令和6年能登半島地震の文化財被害と被災文化財支援特別委員会の取り組み

Damage to Cultural Properties Caused by the Noto Peninsula Earthquake and Efforts by the Special Committee for the Support of Damaged Cultural Heritage

横内 基 Hajime YOKOUCHI

重要文化財・旧角海家住宅
重要文化財・旧角海家住宅

2024年1月1日に発生した能登半島地震とその余震による文化財の被害は、国の指定や登録、選定だけ見ても有形無形を合わせて石川県を中心に10府県で、その数は425件にのぼる(文部科学省発表の5月9日時点の情報)。地方自治体の指定文化財や未指定の社寺建築・住宅・商家・土蔵等の歴史的建造物も多く被災した。

被災文化財支援特別委員会では、発災直後より建造物や名勝・史跡、伝統的建造物群、文化的景観を中心に被害状況の把握に着手した。1月12日にオンラインでミーティングを開催して以降、定期的に文化財被害の状況や関係機関・団体の動向、今後の方針などの情報共有と協議を進めた。昨年夏に2011年東日本大震災と2016年熊本地震の被災文化財の復旧に関する最終報告書として、1995年阪神・淡路大震災からの文化財の耐震対策の進歩を纏めた英文レポートを発行し、これから起こる災害での活動方針を協議していた最中の出来事であった。そのため、初期のミーティングでは情報収集と共に、被災文化財への支援について意見を交わし、まず次のような復旧支援の活動方針を共有した。

  1. イコモスメンバーの専門性とネットワークを活かして、多様な文化財に対応する。
  2. 各地にある未指定を含む文化財の被害状況を包括的に把握する。
  3. 初動期の被害の把握だけでなく、一つでも多くの文化財を守るべく復興期まで寄り添い、要望に応じてあの手この手のノウハウ(修理方法・復旧財源・活用方法等)をアドバイスしていく。
  4. 地域で抱える課題や要望にアンテナを張り、国内外の関係各所に提言・要望や情報発信を必要に応じて行っていく。

文化財被害の状況については、発災後しばらくは報道・SNS等を中心に情報収集を進めたが、1月下旬より状況が許された地域から順次現地入りして調査に取り組んだ。また、委員会の主体メンバーがそれぞれの立場で現地入りして得た情報を持ち寄り、立命館大学歴史都市防災研究所などとも情報連携を図り、文化財等の被害状況や被災文化財への対応状況の把握に努めた。

奥能登の珠洲市や輪島市では、多数の社寺や伝統家屋等が全壊しており、重要文化財の旧角海家住宅や上時国家住宅も倒壊した。名勝の白米の千枚田には地割れ等が生じ米作継続の危機に陥っているほか、輪島の地震と大火による漆器産業のサプライチェーンの崩壊や、能登半島北西側では地盤隆起による漁港の機能喪失を起こした。地域コミュニティを繋いできた伝統産業を襲った今回の災害は、現在の生活と文化的価値が共存する地域に極めて甚大なダメージを与えた。輪島市門前にあった市指定有形文化財の旧酒井家住宅は、早期に解体が決定し4月中に解体され滅失した。

重要文化財・旧角海家住宅

重要文化財・上時国家住宅

被災した解体前の旧酒井家住宅

七尾市の小丸山城址周辺には、寺院が集まる寺町と、一本杉通りを中心に町家や土蔵などが多く残る町並みがあり、特徴的な歴史的市街地を形成している。今回の地震により、寺院の本堂や鐘楼、町家、土蔵等が倒壊するなどの被害が生じている。現地調査では、修理により復旧が十分可能な歴史的社寺建築が解体されている状況を確認した。また、史跡七尾城跡では、石垣の崩落や斜面崩壊等の被害を確認した。

七尾市内で社寺建築が解体される様子(2月18日)

中能登町には、伝統的なアズマダチの民家が多く残る集落が複数ある。この内の能登部集落については近年に伝統的建造物群保存対策調査が行われ、2021年3月に調査報告書を発行している。街道から望見できるアズマダチ民家1棟が5月の調査で私費解体され滅失していたほか、現時点で公費解体が着々と進められており、公費解体を待つ歴史的民家を複数確認した。また、史跡雨の宮古墳群では墳丘の亀裂等の被害を確認した。

中能登町能登部集落の様子

北陸3県と新潟県の震度5程度のエリアにおいても、石造物の転倒被害や道路からは確認できない土蔵や室内の土壁に亀裂が入る被害などがいたる所で発生しており、土蔵が解体される状況も確認した。

このように、今回の被災地域には、人々が愛着を持って護り続け、地域に息づいてきた文化財が多く存在し、これらが地域コミュニティの拠り所ともなってきたが、その多くが甚大な被害を受けていることを現地で確認してきた。被災地の地域コミュニティの復興には、集落や町並みのシンボルや精神的支柱となっていた文化資源の復旧と保全が必要である。特に未指定の文化財については、公的支援がなければ復旧は困難であり、これまでの災害においても公費解体等により数多くの貴重な文化資源が失われてきた。今回の災害で自治体による各種対応の遅れが指摘される中で、人々の心を繋ぐ文化資源を公費解体等により失う事態が拡大しないよう、所有者や行政も含む文化財関係者らに寄り添う早急な支援の必要性が調査を通して認められた。そこで、被災文化財支援特別委員会で議論を重ね、日本イコモス国内委員会として「2024年能登半島地震で被災した文化財の復旧に向けた提言」を発表することを提案した。提言は5月28日に日本イコモス国内委員会のホームページで発表すると共に、被災自治体や報道機関等に送付した。ホームページで全文をご一読いただきたいが、主に次の4項目を提言している。

  1. 被災文化財等復旧復興基金の創設
  2. 各自治体からの被災文化財に対する復旧復興方針の表明
  3. 文化財等の修理等に精通した人材の派遣と連携
  4. 生活と文化的価値が共存する地域での伝統産業再生・継続の重要性

【提言全文はこちら】

そして、提言の最後には、日本イコモス国内委員会としても、これらの提言の実現において、官公庁や自治体他、関係の団体と協力し、文化財を残しやすい環境を整えることに努力を惜しまないことを表明している。これから被災地にて復旧が進められていく中で、日本イコモス国内委員会がもつ専門家ネットワークを活かして、被災各地の個別課題に応じた調査・相談・助言などの現地支援活動を進めていこうとしている。被災文化財支援特別委員会では、その活動資金の獲得にも励んでいるところである。また、イコモスの強みである国際的なネットワークを活かし、海外へ情報を発信していくことも重要な役割として認識しており、英文速報レポートを発行するための準備を進めている。

被災地域の一日も早い復興を心より祈るとともに、能登半島地震からの復興を通して、生命・生活と共に文化を守る必要があることが国民の共通認識となり、次に起こり得る災害への備えに繋がることを願う。

【参考】日本イコモスによる震災に関する報告・提言