能登半島地震による文化遺産の被害-国際的視点を交えて-
能登半島地震による文化遺産の被害-国際的視点を交えて-
Damage to Cultural Heritage Caused by the Noto Peninsula Earthquake with an International Perspective
花里 利一 Toshikazu HANAZATO
この1年半に発生した海外の巨大地震では、2023年2月トルコ・シリア地震、9月モロッコ地震において、文化遺産の被害が報道、報告されている。2023年9月に日本で初めて開催された歴史的建造物の構造に関する国際会議SAHC2023では、特別セッションが設けられ、各国の調査チームが実施したトルコ・シリア地震による歴史的建造物の被害状況が報告された。また、京都で同会議に合わせて開催したイコモス国際学術委員会ISCARSAH(International Scientific Committee on Analysis and Restoration of Structures of Architectural Heritage)では、会議直前に発生したモロッコ地震による歴史的建造物の被害がモロッコの委員から速報された。これらの被災地域では歴史的建造物の大半が組積造建造物であり、無補強建造物の耐震的な脆弱性が改めて示された。その後も、同年10月にはアフガニスタンとネパール、フィリピン、中国でマグニチュード6クラスの被害地震が発生した。さらに、2024年4月には台湾・花連でマグニチュード7クラスの地震災害が発生した。太魯閣渓谷の被害(景観と人的被害)が報道されているが、花連市には日本統治時代の歴史的建造物も現存しており、地震の影響に関する情報収集が待たれる。
世界各地で地震災害が続いているが、2024年1月1日能登半島地震はマグニチュードで比較すれば、トルコ・シリア地震に匹敵する巨大地震であった。能登半島の地域性から数多くの伝統的な木造建物が顕著な被害を受けたことが特徴であり、木造文化遺産の災害対策の視点からも国際的に注目すべき地震災害であろう。日本イコモスの役割のひとつが、国内で発生した自然災害による文化遺産の被害と復旧に関する国際的な発信と共有化活動である。日本イコモスでは、まず、大窪健之国際イコモス理事が、1月と3月に開催された国際イコモス本部理事会で、能登半島地震による文化遺産の被害状況を報告するとともに、国際イコモス・アジア太平洋地域ネットワーク会議で緊急報告している。イコモス国際学術委員会を通じた発信活動では、苅谷勇雅監事がCIVVIH(International Committee on Historic Cities, Towns and Villages)アジア・太平洋地区委員会において、伝統的建造物群保存地区の被害状況を報告している。また、横内基理事が本インフォメーション誌で報告しているように、被災文化財支援特別委員会では、2011年東日本大震災、2016年熊本地震による文化遺産の被害と復旧に関して作成・公開した英文レポートと同様に、国際的な発信を目的に能登半島地震版の作成に取り組んでいる。同特別委員会では、1995年阪神淡路大震災以降、文化遺産の災害対策の発展の歴史とともに東日本大震災、熊本地震による復旧・復興をまとめた英文レポートを作成し、2023年8月に公表した。前述のISCARSAH京都会議や同時期にシドニーで開催されたイコモス本部総会(2023 General Assembly)で配布するとともに、Web公開し、ISCARSAHでは各国委員から多くの賞賛の声が寄せられた。地震から半年を経過し、被災した文化遺産も復旧・復興の段階に移りつつあるが、能登半島地震による文化遺産の被害と復旧に向けた動きを示す英文レポートを編集、ISCARSAHなどを通じて公表し、国際的に共有する活動を進めていく。一方で国際的な関心はウクライナやガザの戦火による文化遺産の被害に向いていると思われる。本題とは直接的に関係しないが、今後、文化遺産の戦災からの復旧・復興段階における国際協力活動も日本イコモスに期待される役割となろう。
ところで、7月初旬に第18回世界地震工学会議がミラノで開催され(前回は仙台で開催)、4年ごとに開催される国際会議では、世界各国から地震工学分野の専門家が参加する。セッションのひとつが、”Cultural heritage and historical structures”であり、100編近い研究発表がなされる。論文投稿の時期から、能登半島地震災害を対象とした研究発表はなく、現時点で、プロクラムには能登半島地震に関連する特別セッションは予定されていない。しかし、このような世界規模の国際会議は、今回の地震による文化遺産の被害と復旧状況を発信する機会となり得るので、英文の概要資料を用意・配布する方向で検討したい。
海外の歴史的建造物の多くを占める組積造建造物の被害も国際的に注目されよう。能登半島の先端に明治16年に竣工した石造灯台・禄剛埼灯台が現存する(写真1,2参照)。その被災状況を第9管区海上保安本部の協力を得て実施した。安山岩質の石積壁の目地に沿うひび割れ発生(写真3参照)と灯室内の投光器レンズの損傷・落下が主たる被害で、石積壁の崩壊や顕著な残留変位などはみられない。European Macroseismic Scale(EMS-98)による被害レベル判定を適用すれば、G-1に該当する(G-1~G-5の5段階で最も軽微なクラス)。1997年に耐震診断とエポキシ樹脂を用いた目地置換工法による補強が行われており、耐震的に一定の効果があったと推察される。㈶日本航路標識協会による平成9年度調査報告書によれば、当時の歴史地震データベースを用いた地震ハザード評価に基づいて最大級の地震動レベル(約240Gal)を算定、建築基準法施行令を準用した保有水平耐力計算を行い、保有水平耐力が必要耐力に満たない診断結果になったことから上記の補強設計を行っている。今回の地震ではその数倍の地震動レベルの入力動を受けているとみられる。高さ6.9mの灯塔の円筒形石積壁は75cm-90cm(付属舎65cm)と十分な厚さを有するマッシブな石造建造物である。コンクリート造直接基礎は礫混じり粘土に支持しており、調査報告書によれば、常時微動の測定記録から高い減衰特性(平均16~25%)が明らかに示されており、地盤・構造物系の動的相互作用効果が応答の低減に寄与したと考えられる。国内には同様の構造様式の明治・大正期灯台が各地に現存しており、そのうち、石造灯台(レンガ造との混構造含む)約10棟が重要文化財に指定されている。文化遺産の保護とともに地震工学の面からも今後の定量的かつ動的な調査研究が待たれる。
【参考】日本イコモスによる震災に関する報告・提言
- Progress Report of Great East Japan Earthquake Recovery Present State of Affected Cultural Heritage
- 2016 年熊本地震 日本イコモス調査報告書 ―文化財建造物の被害状況と復旧への展望―
- The Kumamoto Earthquake -Report on the Damage to the Cultural Heritage-
- 2016年熊本地震日本イコモス報告書_文化財の被害状況と復旧復興への提言
- EARTHQUAKE DISASTER PREVENTION OF CULTURAL HERITAGES -EXPERIENCE AND DEVELOPMENT IN JAPAN-