特集にあたって- 2026年 世界遺産委員会 in プサン-
特集にあたって- 2026年 世界遺産委員会 in プサン-
Special Feature on the 48th Session of World Heritage Committee 2026 in Busan
岡田 保良 Yasuyoshi OKADA(日本イコモス国内委員会委員長)
サイドイベント
私にはこれまで世界遺産委員会の議場に参加する機会がなく、時としてそれを訝しがる声を耳にすることもある。イコモスという立場はそのようなもの。委員会の諮問機関ではあるが、イコモスの代表としては世界遺産審査での評価報告者など数名が招聘されることを常とする。今回の私の参加も、決してイコモスとして立場ではなく、文化遺産国際協力コンソーシアムが世界遺産委員会のサイドイベントとして企画したセッションをオーガナイズする任のためであった。短時日の限定的な参加のため、委員会の全容を紹介できる立場にはないが、接することのできたいくつかのイベントは以下のようであった。
コンソーシアムの様々な活動についてはこのインフォメーション誌もしばしば報じてきたが、その事務局として国内国外を通じてさらなる周知を計りたいという趣旨から、Mission and Activities of JCIC-Heritage - A Cross-Sector Network Connecting Experts and Institutions for Heritage Conservationと題してイベント参加を申請。7月25日のランチタイムに割り振られた。日本人による海外での文化遺産の調査や保護事業の紹介と、国外のエキスパートによるコメントなど、内容についてはコンソーシアム事務局の青木さんから本号に寄せられた報告記事をご参照ください。
これまでの世界遺産委員会の様子をよく承知しているわけではないが、今回はメディアを含めて日本から格段に多くの参加者があったことは間違いない。一つには開催地がプサンという至近の土地であったこと、いま一つは「飛鳥・藤原の宮都」の一覧表への登録がイコモス勧告によって確実視されていたという状況もあった。韓国の遺跡とも関係の深い福岡県の世界遺産「宗像・沖ノ島」の研究グループが企画し、日本イコモスが共催したサイドイベントも実現した。県の岡寺さんから届いた本号記事をご覧ください。これらとは別に、私たち日本イコモス事務局のサポートの下、若々しい仲間たち多数の自主参加があった。うれしくも頼もしい印象だった。森さん、佐藤さん、ウーゴさんらから貴重な見聞記が本号に寄せられている。

イランのイベント
短いプサン滞在中、会議場に詰めることができたのは実質2日間ほどだった。プサン入りした日の本会議終盤の時間帯、私たちは主会場ホールに隣接するサイドイベント会議室まで下見のため足を運ぶと、隣室でイラン政府筋のデリゲーションが夕刻イベントの準備をしていた。委員会が配信したプログラムには、10件を超える韓国による企画を含む60件ものサイドイベントhttps://whc.unesco.org/en/sessions/48com/ が列記されていたが、そこには含まれていないイベントで、今年2月末に始まった米国とイスラエルによる攻撃で被害を受けた文化遺産の損壊状況をビデオで紹介する企画だった。5月末までの状況を丁寧に取りまとめた冊子も用意されていた。ホスト役はイラン・ユネスコ委員会。世界遺産委員会が特別に配慮した企画だったのかもしれない。残念ながら私たちはその時間まで留まれなかったが、一行を率いてプサン入りしていた前イラン考古遺産庁副長官で日本の良き理解者でもあるM.H.タレビアーン氏と懐かしくも20年ぶりに再会することができる幸運も伴った。なお、ここで上映されたビデオ映像は、現在YouTube https://www.youtube.com/watch?v=_YRMKx80hVcで視聴可能になっている。本誌前号で山田大樹さんが紹介されたテヘランやイスファハンの遺産を含め、イラン国土の西半広きにわたって13件の文化遺産サイトの損壊状況を元ユネスコ大使が案内する形で編集されている。私たち日本イコモス内でも、花里、横内両氏らISCARSAHや被災文化財支援の国内委員会、あるいは三宅氏の交流グループなどがイランの文化遺産救済の道を求めて努力されていると聞いている。実を結ぶ日が近いことを望んで止まない。

「飛鳥・藤原の宮都」
コンソーシアムの広報イベントの翌26日午前、「飛鳥・藤原の宮都 Ancient Capitals of Asuka and Fujiwara」の登録採決に立ち会うことができた。委員会の議長は開催国から選出されるのが慣例で、今回は報じられるところ韓国元ユネスコ大使のイ・ビョンヒョン氏。淡々とかつ粘り強く発言者をコントロールし木槌を振り下ろす様子が印象的だった。イコモスを代表して候補遺産の紹介と最終評価を読み上げたのはオーストラリア出身で日本よく知り私とも旧知の世界遺産アドバイザー K. バクレーさん。その発言のあと、列席の委員国からは何の異議も質問もなく、いとも簡単に議長の裁決が下った。これを受け、オブザーバー席から文部科学小林茂樹副大臣と奈良県山田真知事とが順に謝意と喜びを表された。

この登録決議は、6月に公表されたイコモス勧告を委員会が全面的に受け入れたもので、登録基準、比較分析、真実性など日本が提出した推薦文書の内容をほぼそのまま肯定し、締約国日本への細かな要請事項においてもとくに期限を設ける厳しい注文は見られない。ただ登録推薦直前に構成資産候補から除外された大和三山について、インタープリテーション計画に盛り込んだうえで遺産影響評価を確実に行うことで、歴史的景観上だいじな眺望が損なわれないようタガがはめられた。推薦書では全く言及されなかった三山だったが、世界遺産への長いプロセスの間にその景観上の価値を知る海外の専門家が勧告文に少なからず関わったと推察できる。地元3市村が協調する景観行政の今後に期待ししたい。本号には奈良県の山田さんから記念の一文を寄せていただいた。ぜひご一読ください。
大きくは報じられていないが、今年の世界委員会決議には「佐渡島の金山」に関わる保存状況報告SoC対し、12のパラグラフからなる決議が採択された(Dicision:48 COM .147B)。景観行政や遺跡調査について、より積極的な対策を促す点と、近代以降も含めた全歴史whole historyの開示と展示をさらに進める要請が要点だった。とくに後者については「明治日本の産業革命遺産」の登録以来、我が国全体に課せられた宿題として受け止める必要がありそうだ。
このたびは飛鳥・藤原の祝宴とイランの文化遺産の惨劇という両極端な世界遺産の事態に直面する機会となった。実のところ、飛鳥・藤原の遺産には古代ペルシアの痕跡が少なくない。かつて古代西アジアの世界に転身した当時に私が接した松本清張氏の『ペルセポリスから飛鳥へ』(1979年NHN出版)を、帰国後、懐かしく思い出している。
末尾ながらこの特集にご寄稿いただいたみなさまにお礼申し上げます。