武力紛争下のイランにおける文化遺産
武力紛争下のイランにおける文化遺産
Iran’s Cultural Heritage under Armed Conflict
山田 大樹 Hiroki YAMADA/メフルダード・ヘジャージー Mehrdad HEJAZI
2026年2月28日にイランでは武力紛争に伴う被害が各地で報告されている。停戦協議が続く現在(2026年5月29日)も、情勢は不安定な状態にある中、ホルムズ海峡封鎖に伴う石油輸入への影響に注目が集まっているが、本記事では、紛争下で被害を受けているイランの文化遺産に目を向けたい。
イランは悠久の歴史を持つ文化大国であり、ペルセポリスや、かつて「世界の半分」と評されたエスファハーンのエマーム広場(ナクシェ・ジャハーン広場) など、29件の世界遺産(うち文化遺産は27件)を有している。筆者(山田)も2015年より10回以上現地を訪問し、同国の文化遺産関係機関の協力の下で世界遺産15件の保全状況を確認していたため、今回の被害状況には強い関心を寄せていた。
今回、日本イコモス広報委員会から被災状況に関する寄稿の依頼を受け、イランの文化遺産保護の専門家でISCARSAHのメンバーでもあるエスファハーン大学のヘジャージー教授(Prof. Mehrdad Hejazi)の協力を得て、同氏が取りまとめた、4月26日公表の報告書[2]を基に本稿を執筆した。
1.現在の被害状況の概要
報告書によれば、2026年4月23日時点で、イラン国内18州にわたり、149件以上の文化・歴史サイトが何らかの被害を受けたとされる。さらに54館の美術館・博物館が直接的・間接的な被害を受け、不動産文化財だけでなく動産である美術品や工芸品についても被害が及んでいる。また、文化的景観を含む7つの登録歴史的地区も被害を受けており、面的な被害も報告されている。
この数は、4月8日の暫定停戦後にイラン文化遺産・観光・工芸省が中心となって進められた被害状況調査が反映されたものである。しかし、紛争下であることから、被害状況の全容はいまだ不明であり、今後さらに被害が拡大する恐れもある。
被害が報告された歴史的文化財・遺跡総数:149カ所以上(18州にまたがる)
被災した美術館・博物館数:54カ所
被災した登録歴史的地区:7地区
爆風・衝撃波による被害:74カ所
資産範囲・遺産中核区域への影響:33カ所以上
緩衝地帯(バッファーゾーン)内への影響:42カ所以上
2.被災地の地理的分布状況
被災した文化遺産はイラン全土の広範な州に点在しているが、被害が特に集中したのはテヘラン(70カ所以上)やエスファハーン(27カ所以上)のように、文化遺産と行政・軍事・都市機能が近接する大都市圏であった。
被災遺産の分布については、シカゴ大学のCAMEL Labが運営しているウェブサイト「Middle East Cultural Heritage at Risk in Armed Conflict」(出典[3])に掲載されている地図がわかりやすい。現地情報およびウェブ上の情報を基に被災文化遺産を地図化したものであり、被害写真や被災状況が逐次更新されている。ただし、文化遺産省が公表した被災文化財件数とは一致しておらず、報告書[2]の集計を基準とする。
被災文化遺産数ではテヘランが最多であり、首都としての機能が集中しているためアルグ広場や政府中枢地区、北部宮殿エリアなど周辺が爆撃の対象となり、それに伴う強力な衝撃波(爆風)が、宮殿、モスク、博物館などに深刻な被害をもたらした。武力紛争下の文化財保護については、「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約(1954年ハーグ条約)」および1999 年に作成された「武力紛争の際の文化財保護第二議定書(第二議定書)」 が国際的な枠組みを定めており、第二議定書では「強化保護」の制度も導入された。しかし、こうした保護制度が存在していても、文化遺産が周辺の軍事・行政機能に近接する場合、爆発に伴う爆風や衝撃波による間接的被害を免れない現実が今回の被害からも痛感させられる。
![イラン国内の被災文化遺産の分布図(出典:[3])](/media/images/HuaXiang3_UhKwYkq.width-500.jpg)
3.被災パターン
多くの被害は、爆発地点から伝わった爆風・衝撃波の影響によるものであり、本記事で扱う主要事例では、外装タイル、開口部や内部装飾といった非構造部材や精巧な装飾部材(鏡モザイク、外装タイル、木製象嵌パネル)に大きな被害が出ている。特に内部装飾の被害は顕著であり、イランの建造物特有の内部装飾の脆弱性に大きく左右されていることがわかる。
報告書から被害例を紹介する。
【事例1】ゴレスターン宮殿(Golestan Palace、テヘラン、1865年)
被災日時:2026年3月2日
爆心地からの距離:約100 m
被災要因:アルグ広場付近での爆発による爆風と衝撃波
被害状況:鏡の間では、壁面に施された鏡モザイクなどの内部装飾が著しく破壊され、天井の装飾構造も崩落した。「大理石の玉座の間」(Takht-e Marmar)においては、装飾的な天井部材の約70%が損壊しており、18世紀の装飾層の剥離も確認されている。また、歴史的なステンドグラス窓が破損し、重厚な木製ドアも蝶番から押し外された。ただし、動産文化財については、事前に移設されていたため、取り返しのつかない損失は大幅に軽減された。


![ゴレスターン宮殿内「大理石の玉座の間」の被害(出典:[4])](/media/images/Huangu4_YunuYunNaXYunkeYunsoJianshiJianuChuioL.width-500.png)
![ゴレスターン宮殿内「大理石の玉座の間」天井部分の被害(出典:[4])](/media/images/HuaXiang5.width-500.jpg)
![ゴレスターン宮殿内のステンドグラス窓の被害(出典:[5])](/media/images/HuaXiang6_tmaXgSM.width-500.jpg)
【事例2】チェヘル・ソトゥーン宮殿(Chehel Sotoun Palace、エスファハーン、1647年)
被災日時:2026年3月9日
爆心地からの距離:約75 m
被災要因:敷地東側での爆発による爆風と衝撃波
被害状況:爆風が上部の窓の隙間から侵入し、内部の圧力振動を増幅させた結果、天井レベルの装飾構造に集中的な損傷が生じた。また、中央ホール全域にわたる17世紀のフレスコ画に大規模なひび割れが生じた。振動共鳴により、彩色された漆喰層が剥離した。木造天井および柱基部にも構造的損傷が見られる。


![チェヘル・ソトゥーン宮殿の被害状況(出典:[6])](/media/images/Huangu9_JianoJianKongNJiansaYunsuJianYieJiansh.width-500.jpg)
また、周辺のナクシェ・ジャハーン広場(爆心地から350〜500m)においても、アッバース・ジャーメ・モスクでは、北側および西側のイーワーンにおいて陶製タイルの剥落が確認され、アーリー・カープー宮殿では窓や上階部分の損傷が報告されている。シェイフ・ロトフォッラー・モスクでも入口イーワーン周辺のタイルの部分的剥離が確認されている。
![爆心地と被災遺産との位置関係(出典:[2])](/media/images/HuaXiang9_SJDnfmh.width-800.png)
このように、文化遺産の被害は、爆心地からの距離、建物の開放性および密閉性、装飾材料と接着剤の脆弱性によって大きく左右されることが報告されている。
4.復旧に向けて
今後の復旧に向けて、報告書は主に3点を提言している。第一に、被害状況を体系的に記録することである。写真測量、三次元計測、亀裂モニタリング、材料調査を組み合わせ、被害の位置、規模、進行状況を継続的に把握する必要がある。第二に、応急安定化である。崩落の恐れがある天井、壁画、タイル、建具、装飾層を保護し、雨水や粉塵の侵入を防ぐ措置を講じなければならない。第三に、博物館機能の回復、収蔵品の安全確保、記録資料の保全、展示・教育機能の再建を含めた制度的な復旧計画である。
5.最後に
日本は、UNESCO日本信託基金を通じて、これまでイランの世界遺産「チョガ・ザンビール」における劣化要因調査、修理計画の作成、ジッグラトの部分修理(1998〜2010年)や、「バムの文化遺産」に対する専門家派遣・技術研修(2004〜2009年)に協力してきた実績がある。これまでの被害状況報告からは、今回の復旧・修復では、完全倒壊への対応よりも、壁画、鏡細工をはじめとする内部装飾、外装タイル、木製建具などの復旧・修復が大きな課題となっている。壁画修復や博物館機能の回復、博物館内の動産文化財の修復など、日本からの資金面・技術面での協力が可能な部分もあると考えられる。まずは、一刻も早く紛争が終結することを願うとともに、ICOMOSを含む国際的な文化遺産保護ネットワークとの連携が進み、早期復旧につながることを期待したい。
主要参考文献・写真出典
[1] Fararu. 「خسارت جنگ به مسجد جامع عباسی اصفهان」. (https://fararu.com/fa/news/962515/)
[2] Iranian National Commission for UNESCO & University of Isfahan. (26 April 2026). Report on the Impact of the 2026 Armed Conflict on Cultural Heritage in Iran: Damage Assessment, Multi-Scalar Risk Analysis, and Strategic Framework for Resilience, Recovery, and Policy Response. Prepared by Prof. Mehrdad Hejazi (Coordinator of the UNESCO UNITWIN Network on Structural Restoration and Disaster Risk Management of Architectural Heritage).
[3] Middle East Cultural Heritage at Risk in Armed Conflict, CAMEL Lab, University of Chicago. (https://heritagewatch.camelab.net/)
[4] TRT Farsi.(https://www.trtfarsi.com/article/3b6b4a2d09df)
[5] Reuters, photograph by Majid Asgaripour. (https://www.reuters.com/world/middle-east/unesco-fears-fate-historical-sites-during-iran-war-2026-03-11/)
[6] PBS NewsHour / Reuters. (https://www.pbs.org/newshour/world/u-s-and-israeli-strikes-are-damaging-iranian-historical-sites)
(帝京大学文化財研究所/University of Isfahan (Department of Civil Engineering) UNESCO UNITWIN Network on Structural Restoration and Disaster Risk Management of Architectural Heritage)