巻頭言(2024年冬号)


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巻頭言(2024年冬号)

Foreword (Winter 2024)

岡田 保良 Yasuyoshi OKADA

内戦前のパルミラ遺跡のアーチ門 (1994年筆者撮影)
内戦前のパルミラ遺跡のアーチ門 (1994年筆者撮影)

シリアのニュースにおもう

ウクライナの戦争もガザの惨劇も終息を見ないまま2024年が間もなく閉じようという折、メディアが韓国の戒厳令とその行方を喧しく伝える傍ら、シリアの情勢が一変したというニュースが飛び込んできました。シリア北部一帯にあって勢力争いに明け暮れていたいくつもの反政府勢力が、いつの間にか一人のリーダーの元に束となり、短時日のうちに南下して大した戦闘もないままダマスカスを陥れたというのです。市民は歓喜して彼らを迎い入れ、大統領はロシアに逃亡するしかなかったという顛末でした。

これからどんな政権が発足するのか、内政は安定に向かうのか、予測できる状況ではないとメディアは伝えますが、是非にもモデルとなるような融和のプロセスを当地に見せてほしいと切に望みます。気の遠くなるような国土復興の道のりはもう始まっているようで、難民の集団が大挙トルコ国境から帰還し始めている情景を映像が伝えています。国内と合わせると難民の総数は1千万を超えるそうです。国際社会の支援なくして、この人たちに生活の糧を与え安穏な社会づくりを果たすことはまず不可能でしょう。

忘れてはならないのは、波乱に満ちた数千年の歴史を刻んできた町や地形やモニュメントが、大シリア各地に展開している事実です。国情が長く安定しないことから、シリアの世界遺産は6件を数えるのみですが、幾度となく訪ね歩いたことを懐かしく思い出します。そのすべてが内戦ぼっ発後の2013年、「武力紛争により、6つの世界遺産の顕著な普遍的価値の保護を確保できる条件はもはや存在しない」として危機遺産リストに登載されました。それらはさらに激しい惨禍に見舞われます。

内戦ぼっ発の舞台となったアレッポの城郭周辺は、空撮写真を見ると積年の爆撃によるクレーターだらけ。果たして旧に復することなど疑いたくもなるほどです。十字軍の城として最も美形といわれるクラック・デ・シュヴァリエは、反政府兵士たちを狙う政府軍の空爆に容赦なく襲われました。2015年には今なお勢力を保つというイスラム国集団が、シリアの歴史と平和のシンボル、パルミラ遺跡の中核を爆破。ベール神殿と大アーチ門は瓦礫の山と化しました。内戦より前の1994年、日乾煉瓦の遺構を友として自身が長く滞在した遺跡が所在するシリア北西部のイドリブは、その後イスラム国の拠点となり、今回反政府軍の出発点にもなったそうです。その郊外にあって初期キリスト教の教会や修道院の遺跡が密集する世界遺産「北シリアの古代村落群」は、昨年の大地震にも襲われました。

シリアの人々はこれらの遺産を、いまどのような眼差しで眺めているのでしょうか。そうした遺産の一つ一つを元に戻していく過程こそ、国土の復興とともに彼の人々がかつての生活を取り戻す重要な契機となるに違いなく、されば私たちの仲間たちが果たしうる役割も少なからずと私は信じています。この11月に文化遺産国際協力コンソーシアム主催の会合で来日されたケニアのG. アブング氏が、アフリカでの様々な体験のなかから導かれた実感として「文化こそが平和をもたらす」と強調されていたことに改めて思いを致します。

にぎわう会議とオーセンティシティ

上で触れたコンソーシアムの会合は、11月の末、28日に東京文化財研究所での研究会と30日に富士大学講堂で開催されたシンポジウムという2本立てで、前者のテーマは「文化遺産保護と奈良文書 ―国際規範としての受容と応用-」、後者は「「モニュメント」はいかに保存されたか:ノートルダム大聖堂の災禍からの復興」でした。いずれの企画も今年が奈良文書30年という節目にあたることからの発想で、さらにノートルダム聖堂の再建工事竣工を間近に控えていたことから、再建に貢献されたB.ムートン氏をお招きし、聖堂復興におけるオーセンティシティの議論を披歴していただきました。いずれ報告書が刊行される予定です。

さらにこの12月18日19日には、奈良のACCU事務所が主催する国際会議「世界文化遺産とオーセンティシティ」が、そして年明け1月10日11日には日本イコモスと群馬県が共同して「絹の歴史と文化を未来に紡ぐ」と題する国際シンポジウムが開催されます。いずれも主たるテーマは奈良文書におけるオーセンティシティの理念を掘り下げる議論が注目され、その先には歴史的モニュメントの保存と復元に関する新しい地平が見えてくるのでは、と期待しているところです。

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奈良文書とも関係の深いベニス憲章についても今年は60周年を迎え、ブラジルのオウロ・プレトで開催されたICOMOS年次総会に合わせて設けられた学術評議会シンポジウムは「Revisiting the Venice Charter: Critical Perspectives and Contemporary Challenges」をテーマとし、会議の成果はOuro Preto Documentとして公表されています。本号、金井健氏の寄稿をご参照ください。また、この年次総会については、大窪健之、宮崎彩両氏からも関連する報告を本号に寄せていただきました。なお日本イコモス第1小委員会WGにおいてベニス憲章の日本語訳見直し作業を進めていることは、すでに本誌前号で下間久美子氏から報告をいただいた通りです。

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2024年度イコモス年次総会Advisory Committee Meeting 議長団 (12 Nov 2024、オンライン画面)

他方アジア太平洋地域の国内委員会が集う地域会議では、世界遺産に関わる遺産影響評価に関心が集まり、去る11月から5回連続の地域ウェビナーにおいて各国の現況を共有する企画を進めています。日本国内では、本誌を編集する広報委員会と共同して第4小委員会(主査岡田)が、今年度の世界遺産委員会を主題とする研究会を11月に開催しました。大野渉氏には委員会全般について、鈴木地平氏には日本推薦候補の見通しについて、そして新潟県の澤田敦氏を特別にお招きして「佐渡島の金山」登録の経緯と今後についてリモートでご報告いただきました。各氏には改めてお礼申し上げます。

(日本イコモス国内委員会委員長)

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