巻頭言(2024年秋号)


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巻頭言(2024年秋号)

Foreword (Autumn 2024)

岡田 保良 Yasuyoshi OKADA(日本イコモス国内委員会委員長)

巻頭言(2024夏)写真
世界遺産「佐渡島の金山」の候補地だった相川地区の史跡「北沢浮遊選鉱場跡」(2010年7月筆者)。残念ながら構成資産エリアから除かれることになりました。

ウェブマガジンとして装いを新たにした私たちのインフォメーション誌。第1号(春号)が無事誕生したのは5月の末だったでしょうか。そしてこの第2号も、広報委員会ほか多くのご協力のおかげで順調に発刊されました。まずはみなさまにお礼を申し上げます。

「佐渡島の金山」の世界遺産登録

春号が公になった直後、世界遺産候補「佐渡島の金山」が「情報照会」というイコモス勧告を受けたというニュースが話題となりました。勧告の主な要求は、近代遺構のエリア(北沢地区)の除外、洋上緩衝地帯の拡張、商業採掘の放棄という3点。傍観の限りでは、地元と国は、何としても今次の世界遺産委員会での登録を勝ち取るべく速やかにその3点を受け入れることし、7月の委員会では日本側のこうした対応が是とされ、一覧表記載とういう決議がなされたのでした。その採決の直後、日本代表の謝意表明のあと、今期の委員国でもある韓国代表から、佐渡の登録に賛同する旨発言があり、注目されました。この間佐渡では、第2次大戦中の朝鮮半島出身者の扱いをどのように紹介するか、日本が最も意を払ったところでもあったのです。私はまだ拝見していませんが、相川地区の施設にそうした内容が展示されていると聞いています。

なお、上記3点以外にも、イコモス勧告は洋上風力発電施設設置の懸念やコミュニティの参画を強調するほか、追加的勧告として8項目を列挙しています。その中には念を押すように、「すべての時期を通じた推薦資産に関する全体の歴史」を包括的に扱うこととあります。別には「観光客の増加が推薦資産に負の影響を与えないように」ともあるのですが、インバウンドラッシュのような懸念が現実になる事態の到来を待ちたい、という思いが関係の方々の正直なところではないでしょうか。

神宮外苑再開発事業と「国連人権理事会ビジネスと人権作業部会訪日調査報告」

この8月下旬、昨年来外苑再開発事業者に課せられていた樹木保全策の見直し案の概容が、報じられました。「9月にも公表され、住民説明会や都の審議会を経て、樹木の伐採が始まる見通し」(NHKニュース)といいます。

振り返って今年5月に公表された標記の「報告」は、ジャニーズ問題を扱う項目を含むことから関心を寄せる報道もありましたが、他の項目では「大規模開発にかかる環境影響評価プロセスにおけるパブリックな協議が不十分」という懸念を日本全体に対して表明しています。その典型例として外苑再開発事業を、その資料としてヘリテージ・アラートを取り上げたのでした。注意したい点は、この項目は再開発事業そのものが人権侵害に当たると指摘するのではなく、環境影響評価プロセスへの関係市民の関与が不十分であることを強調するものでした。にもかかわらず、日本政府はそのような曲解に基づき、作業部会に対してその項目の撤回を求めたのでした。この点は6月の国会外務委員会でも取り上げられ、外務大臣は、東京都による原稿を貼り付けただけと答弁しています。外務省の無責任さに加えて事業の正当化にこだわる東京都の姿勢を垣間見る一幕でした。

この議論の後、同月26日ジュネーブの国連人権理事会では『「ビジネスと人権」作業部会とのインタラクティブ・ダイアローグ』が議題とされ、日本政府を代表する特命全権大使は、上記作業部会報告について「日本政府としては、報告書の指摘事項の全てに同意するものではないが、今後の議論の参考としたい」「政府としては、様々なステークホルダーとの対話を重視しつつ、ビジネスと人権に関する施策について引き続き検討していく」と表明しています。この議論がさらなる展開を見せるのかどうか定かではありませんが、作業部会報告が全体を通じて、あるいは結語・勧告の章で強調する点は、誤謬を恐れずに言えば、日本における「人権デュー・ディリジェンス」の定着であり、独立した国内人権機関を遅滞なく設立せよという勧告だったといえるでしょう。デュー・ディリジェンスとは、プロセスを適正に評価する手続きと理解すればよいでしょうか。

若干飛躍しますが、私たちの間で近ごろ話題となっている環境あるいは遺産に関する影響評価のプロセスに目を向けると、当初の評価報告作成を事業者が行うというマニュアルがかねて問題ありとの意見を聞くことがあります。けれど、その評価の適否を判定する機関が別に存在することが前提なら議論は全く異なるものになったかもしれないのです。東京都には外苑事業を正当化する前に、今一度国連人権理事会が発する勧告を真摯に聞き入れていただきたいものです。都の関与と責任については、石川幹子理事もかねて強調されているところですが、都市計画の観点から、大方潤一郎氏が「神宮外苑再開発の今とこれから」と題する勉強会で詳しくかつ要領よく整理されています。ぜひYouTubeでご覧ください。

初代門司駅遺跡に関するヘリテージ・アラート

本号編集の皆さまには、この巻頭文の遅れは、毎度のこととはいえ大いにご迷惑なことにちがいなく、まずはお詫びせねばなりません。ただそのおかげで、標記ヘリテージ・アラート発出の報告をここに紹介することが叶いました。前号で福島綾子会員から、この初代門司駅跡に関して本部にアラートを要請するに至った経緯の説明をいただいたところです。本部事務局では、私たちの緊急な要請と、世界遺産委員会を目前に控えた繁忙さ両方への配慮の結果、正式なアラートに時間をかける前に、急ぎテレサ会長個人が懸念を表明する書簡(6月25日付)を関係機関各所に送付するというアクションを起こしていただきました。世界遺産委員会が閉幕したのち、私たちは現地の状況に鑑み、改めてヘリテージ・アラートの発出を本部に打診しました。その結果、9月3日付で正式な文書が本部から発せられ、直ちに私たちのウェブサイトにも掲載される運びとなりました。先のテレサ書簡と合わせてぜひご確認ください。

最後に実に誇らしくもおめでたいご報告です。この門司駅遺跡のヘリテージ・アラート発出に、福島会員とともに献身的なご尽力をいただきました溝口孝司副委員長(九州大学教授)が、この7月、英国学士院においてその国際会員Fellow of the British Academyに選出されたとのことです。溝口先生はかつてケンブリッジで学位を得られ、日本人として9人目の会員となられました。心よりお祝いとお喜びを申し上げます。