EPレクチャー報告「近代日光におけるツーリズムによる文化遺産の再構成 -印刷メディアと空間メディアに着目して-」
EPレクチャー報告「近代日光におけるツーリズムによる文化遺産の再構成 -印刷メディアと空間メディアに着目して-」
EP Lecture Report “The Reconfiguration of Cultural Heritage through Tourism in Modern Nikko-Focusing on Printed and Spatial Media”
瀧田 風歌 Fuka TAKITA
2026年3月2日の定例サロン後、独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 文化遺産国際協力センターアソシエイトフェローで日本イコモスEP(若手専門家)常置委員会委員の米山大三郎さんに、博士論文の公聴会で発表されたテーマでご講演いただきました。
この報告では、レクチャーの概要と修士学生の視点から感想をお伝えします。
レクチャーの概要
この研究では、近代日光の文化遺産の価値がツーリズムによりいかに再構成されてきたのかを扱っています。近代化の過程で従来の宗教的秩序が揺らぎ、西洋的な枠組みの中で再定義された文化遺産が、メディアを媒介としながら観光資源として受容される過程を捉えることに重要性を見出し、取り組まれた内容をご紹介いただきました。旅行体験を視覚化する「印刷メディア」としてのガイドブックと、コミュニケーションを媒介する「空間メディア」としてのホテルに着目し、日光における文化遺産の意味づけの変化を明らかにしています。
日光は、江戸幕府の権力を象徴していたために明治維新・徳川政権崩壊後にその宗教的秩序が揺らぎました。近世的巡礼の枠組みやメディアのあり方が大きく変化する中で、外国人は建築や自然を審美的に評価しました。これを受けて民間保存団体の保晃会は、日光を「徳川の宗教的権威」ではなく「建築美と自然美からなる海外に誇るべき壮観」へと価値を再定義しました。この研究では、このような「海外に誇るべき壮観」がメディアを通して具体的に意味づけられてきた過程を検証しています。
外国人日本研究者が近世の地誌をもとに執筆した英文ガイドブックの分析では、観光スポットごとの記述のされ方の変遷を版ごとに追い、「符号化」と「解読」の連鎖の過程を捉えています。新たな「ピクチャレスク」な景観の発見や観光地「日光」としてのエリアの拡張が示されるだけでなく、その景観をあらかじめ決められた時間・ルート・鑑賞地点に従って周遊していくという西洋的な観光のあり方が、「印刷メディア」によって見出されてきたことが紹介されました。
この研究では、日光金谷ホテルを単なる宿泊施設として捉えるだけでなく、英文ガイドブックで示されたような「ピクチャレスク」な景観を消費するという西洋的な価値観を受容し、観光地日光のあり方をハード、ソフト両面でかたちづくる「空間メディア」として位置づけています。明治期より外国人観光を下支えしてきた日光金谷ホテルが、現代に至るまで外国人と日本人という異なる受け手の文化的背景を前提としつつも、社会状況に応じて観光地日光のあり方を絶えず更新してきたことが、図面分析に基づく施設整備の変遷の把握や、同ホテルが発行してきたパンフレットなどの豊富な資料の分析を通じて紹介されました。
レクチャーの感想
以上から、日光が社会の変化に応じ様々な視点を獲得し、参詣の対象から景観消費の対象へと変化したことが印象に残りました。私たちが現在見ている日光のあり方も、時代の変遷に伴って様々なまなざしの産出や循環、解釈、再産出が繰り返され、何度も構築されてきた価値なのだと感じました。今後の社会の変化と符号の変化のあり方にも関心を持ち続けたいと思います。
また、今回のレクチャーは、遺産を守りつなぐ担い手となるコミュニティの重要性を理解する機会にもなりました。これまで徳川政権崩壊や神仏分離令、外国人の視点の導入、敗戦などを経て捉えられ方が変化しながら今日まで日光が存在し続けてきた背景には、金谷ホテルや保晃会など、外国人の存在も含めたコミュニティがあることを学びました。日光は、観光や保存の担い手となるコミュニティが江戸時代より変化しながら在り続けたことで継承されてきた遺産なのだと感じました。
最後に、米山さんの「文化遺産は極めてメディア的である」というお話が印象に残りました。日光の事例のように、遺産は受け手の立場や時代背景によって符号化され、循環し、解釈・再産出されるため、その価値は常に変化し続けるものだといえます。その点で、メディアと同様に、遺産の価値を享受する私たちのリテラシーが重要だと感じました。修士論文に取り組むうえでも、固定観念にとらわれずに視野を広げながら判断力を養いたいと思いました。
参加者からの反応
近年のメディアによる日光の観光への影響について議論があり、SNSによるメディアの複雑化によって因果関係が分かりづらくなっているものの、新倉山浅間公園のように「SNS映え」が観光に影響を与えている可能性があるという話がありました。その他にも、文化遺産におけるキャラクタービジネスなど文脈から外れた価値創出に関して問う意見もありました。
また、絵図の描かれ方の変化に着目した意見や、他事例との比較分析についての提案もあり、活発に意見が交わされていました。
(筑波大学大学院世界遺産学学位プログラム博士前期課程)
【関連文献】
米山 大三郎『近代日光におけるツーリズムによる文化遺産の再構成 -印刷メディアと空間メディアに着目して -』 東京理科大学博士学位論文, 2026年3月
米山 大三郎、國分 元太、山名 善之「近代の日光における観光資源としての文化的景観」『日本建築学会計画系論文集』第89巻 第826号, 2521-2532, 2024年12月