第3回 ICMUM国際会議について
第3回 ICMUM国際会議について
Report on the 3rd ICMUM International Conference
西川 三津子 Mitsuko NISHIKAWA / ズビグニェフ パヴラク Zbigniew Pawlak / 中田 健一 Kenichi NAKADA
〈以下は、2026年5月に開催された第3回 ICMUM国際会議(International Conference of Mining and Underground Museums:鉱業・地下博物館国際会議)に参加された3名の方からご寄稿いただいたものです。それぞれの立場から、鉱業遺産をめぐる課題や今後の展望を紹介します。ICMUM国際会議公式Facebookページ(International Conference of Mining and Underground Museums Facebook)も併せてご参照ください。〉
第3回 ICMUM国際会議に参加して ― 鉱業遺産の解釈と管理を
西川 三津子((一財) 産業遺産国民会議 産業遺産情報センター・統括管理責任者)
2026年5月中旬、第3回ICMUM国際会議が、ポーランドの世界遺産「ヴィエリチカ岩塩坑(1978年登録)」および「タルノフスキェ・グルィの鉛・銀・亜鉛鉱山と地下水管理システム(2017年登録)」を主な会場として開催された。4日間にわたり、4大陸から鉱業遺産に関わる研究者、実務者、管理者ら約300名が集まり、70件を超える発表を通じて、保存、管理、解釈、公開活用をめぐる知見と課題が共有された。
今回、日本は初めてICMUM国際会議に招へいされ、世界遺産「明治日本の産業革命遺産(2015年登録)」の構成資産である三池炭鉱と端島炭坑を事例とする発表を行った。本レポートでは、著者の発表と会議全体の議論を踏まえ、鉱業遺産をどのように理解し、解釈し、将来へ継承すべきかを考えたい。あわせて、このレポートにおいては、ICMUM共同主催者ならびに日本から参加した「石見銀山遺跡とその文化的景観(2007年登録)」の関係者の寄稿を掲載し、会議の意義を異なる立場から紹介する。
今回の会議を通じて明確になったのは、鉱業遺産を単なる技術史や歴史的施設の保存対象として捉えるだけでは不十分であるということである。鉱山、坑口、坑道、機械、選鉱施設、鉄道、港湾、労働者住宅などの物的遺構は重要である。しかし、それらは個別に存在したのではない。資源、エネルギー、技術、労働、輸送、地域社会、環境、制度、組織、記憶などと相互に結び付き、「一連の産業システム」として機能していた。
したがって、鉱業遺産は、個々の建造物や機械の集合としてではなく、資源を採掘し、加工し、輸送し、社会へ供給することによって、人々の生活と地域、さらには国家の産業化を動かしたシステムとして理解されなければならない。保存された施設だけを見ても、その価値の全体像は見えてこない。
著者の発表では、産業システムが広域に分散する三池炭鉱と、採炭、居住、生活機能が一島に集約されていた端島炭坑を、対照的な事例として取り上げた。この比較を通じて提示したのは、鉱業遺産の本質的価値は、現在目にすることのできる建造物や景観だけでは捉えられないということである。端島の場合、来訪者が目にするのは、主として地上部に残る高層住宅群や護岸である。一方、炭坑としての中核であった地下坑道や採炭現場に立ち入ることはできない。そのため、地上に残る印象的な景観だけに依拠すれば、端島が単なる廃墟や高密度居住の島として理解され、炭鉱として果たした機能が見失われる危険がある。三池炭鉱においても、坑口、鉄道、港湾、機械施設などが広域に分散しているため、それぞれを個別の施設として説明するだけでは、採炭から輸送、輸出に至る一連の産業システムを理解することは難しい。見える遺構と、既に失われた施設、立ち入ることのできない地下空間、そこで行われていた労働を再び結び付けることが、解釈の重要な役割となる。
これは日本固有の問題ではない。地下空間、失われた生産設備、変化した地域社会を抱える世界各地の鉱業遺産に共通する課題である。とくに欧州には地下空間だけを展示している施設が多数存在する。事実それらの空間は圧倒的な印象を来訪者にもたらすことから、その場所がどのように一連の機能を果たしていたのか、その資源がどのように他に輸送されどのように用いられたのか、というような説明は不可欠であろう。今回、ICMUM共同主催者であるズビグニェフ・パヴラク氏が、三池炭鉱と端島炭坑を扱った著者の発表を、会議で特に印象に残った発表の一つとしてあげたことからも、この問題が国際的な関心と共有可能性を持つことが示された。
会議では、デジタル技術を活用した記録や展示についても多くの報告があった。しかし、技術はそれ自体が目的ではなく、遺産の価値を伝えるための手段である。そこで問われるのは、誰が、誰のために、どのような視点から、なぜ伝えるのかということである。それを明確にしたうえで、適切な技術が選択される必要がある。
鉱業遺産をめぐる国際的議論は、施設の保存技術だけでなく、地域社会との関係、労働者の記憶、無形文化遺産、先住民や少数者を含む多様な視点、環境問題、観光利用、商業的成功と真正性の均衡、持続可能な管理へと広がっている。新たな問いは、「何を残すか」だけではない。「残されたものをどのように読み解き、社会に伝えるか」である。
日本の産業遺産に必要なことも、個々の施設を保存することだけではない。目に見える遺構と、地下空間、失われた機能、技術、労働、生活、輸送、地域社会、国家的産業化との関係を再構成し、その価値を社会に理解可能な形で提示することにあろう。
ICMUM2026への日本からの初参加は、海外の実践を学ぶ機会であると同時に、日本の経験と課題を国際的議論へ提示する第一歩となった。今後は、日本の鉱業遺産を世界の議論の中に継続的に位置づけ、各地の実践との比較を通じて、解釈と管理の方法を相互に検証していく必要がある。

遺産の意義を理解する
ズビグニェフ パヴラク(タルノフスキェ・グルィ協会 理事長)
文化遺産をいかに守るべきか。物的遺産の保存だけで十分なのか。現代社会において、私たちはどのようにして自らのアイデンティティを維持することができるのか。無形文化遺産はどのように扱われるべきか。そして、歴史的建造物に新たな機能を与えることは、次世代が自身のアイデンティティを語ることを可能にするのだろうか。これらは、今回ヴィエリチカおよびタルノフスキェ・グルィのユネスコ世界遺産を会場として開催された第3回 ICMUM国際会議において、私たちが向き合った一連の重要な問いである。
当協会は、会議の共同主催者として、鉱業遺産に携わる専門家をできる限り幅広く、さまざまな大陸から招くことを目指した。その結果、4大陸から実務家および研究者が参加し、聴講者を含め約300名が集まった。4日間にわたり、70件を超える発表が行われ、極めて活発な経験と知見の交換がなされた。
今回もまた、各地の関係者が自らの、そして私たち共通の鉱業遺産をどのように守り、管理しているのかを知る機会を得られたことを、非常に嬉しく思う。私たちはすべての問いに答えを見出せただろうか。おそらくそうではない。しかし、人類史における鉱業の意義について議論し、学術研究、保存修復、そして鉱業遺産の公開活用に関する知見と経験を共有できたことは、大きな成果であった。
私は40年以上にわたり、有形および無形の文化遺産に携わり、タルノフスキェ・グルィの遺産をユネスコ世界遺産登録へと導くことに尽力してきた。また、鉱業遺産の所有・維持管理を自らの財源で行う組織を代表している。そのような立場から、多くの優れた発表を拝聴し、優れた実践事例のみならず、私たちが日々直面している課題についても共有できたことは、大きな喜びであった。
特に印象に残った発表を3つあげたい。まず、英国エクセター大学のロジャー・バート教授は、来訪者が私たちの施設を訪れる際、本当に五感を通してその価値を体験しているのかという問いを提示した。次に、産業遺産情報センター(IHIC)の統括管理責任者である西川三津子氏は、三池炭鉱と軍艦島(端島)を 事例として、地下部分への立ち入りができない鉱業遺産をどのように解釈し、管理していくべきかについて講演された。そして最後に、イタリアのフィレンツェ大学およびパドヴァ大学のマッシモ・プレイテ教授は、「対象そのもの」「景観」「記憶」という3つの段階に基づき、遺産を理解し、適切に伝えていくことの重要性について論じた。
次回のICMUM国際会議で、またお会いしましょう。ポーランドの鉱山関係者の伝統的な挨拶 「シュチェンシチ・ボジェ(Szczęść Boże: 神のご加護を)」とともに。

ICMUM2026後の課題
中田 健一(島根県大田市教育委員会 教育部 石見銀山課)
石見銀山からは、セッション7「ユネスコ世界遺産に登録された 歴史的な銀山」において2件のプレゼンテーションを発表する機会を得た。
一つが「石見銀山の鉱業遺産の概要と将来の人材育成における その役割」として、400年に及ぶ鉱山の歴史と広範な構成資産を概観したうえで、遺産を通じた次世代育成の意義を論じた。 もう一つが「世界遺産石見銀山における市民参画とデジタル化―多面的な価値の伝達と持続可能な地域開発の推進」である。石見銀山のビジターセンターや野外博物館構想、特別見学ツアーといった従来の公開活用施策に加え、QRコードによる多言語解説、AR・VR技術、GISと赤色立体地図を用いた「デジタル石見銀山」構想を紹介し、市民参画とデジタル化が遺産の多角的な価値発信にいかに寄与しうるかを論じた。
会議全体を通じては、AIによる観光体験の個別最適化やVRによる立入禁止区域の疑似公開、3次元レーザースキャンによる記録化など急速に浸透するデジタル技術への対応に加え、環境規制と歴史的機械の維持との調整、エネルギーの重要性を伝える教育の場としての鉱山博物館の役割、 鉱山労働者の伝統や専門用語といった無形文化遺産の保護、そして商業的成功と歴史的真正性の 保全との均衡が共通の論点として提起された。
これらはいずれも、一国・一地域にとどまらず、鉱業遺産を有する各国が等しく直面する国際的課題である。あわせて、遺産をいかに「物語る」か、という解釈の物語性も繰り返し議論の焦点となった。カリフォルニア州立公園局による解説の見直しや、先住民・マイノリティを含む多様な主体の視点を取り込む「解釈の包摂性」の拡大、さらに「対象そのもの」「景観」「記憶」という3つの段階を通じて遺産を読み解こうとする視点は、鉱業遺産をめぐる語りを単一の技術史的叙述から複層的な物語へと開いていく試みであり、鉱業遺産が十分に認識・表現されてこなかった地域への視野の拡大とも 軌を一にしている。
これらは、教育を通じた意識向上と知識の伝達、市民参画とデジタル化による多面的価値の伝達、長年継続してきた考古学的調査という、石見銀山自体が抱える課題とも重なり合う。とりわけ人材育成の観点からは、タルノフスキェ・グルィの学校との交流など、本会議を通じて得た人的つながりを、大田市が進める海外の鉱山遺産地域との学校間交流に活かしていくよう計画している。
国際的な議論の潮流のなかに自地域の取組みを位置づけ、他の鉱業遺産との比較と連携を進めていくことは、今後の石見銀山の保存・活用にとって重要な課題である。次回会議での再会を期し、本会議で得られた知見を今後の活動に還元していきたい。