「動」なる山々と砂防-立山カルデラを見学して-
「動」なる山々と砂防-立山カルデラを見学して-
Dynamic Mountains and Sabo System: A Site Visit to the Tateyama Caldera
武藤 美穂子 Mihoko MUTO
はじめに
平野部を土砂災害から守り続けてきた立山砂防の歴史的・文化的価値を国内外に発信し、世界文化遺産登録への機運を高めることを目的として、富山県では定期的に世界遺産登録推進シンポジウムが開催されてきた。近年ではハイブリッド形式によるオンラインでの同時配信も行われるようになり、遠方にいながら聴講が可能となった。直近に開催されたハイブリッド形式のシンポジウムは、令和5年(2023)10月21日に開催された「世界遺産登録推進シンポジウム2023(立山砂防国際シンポジウム)」である。ここでは、海外の専門家を交えた議論や防災遺産として世界にアピールするための今後の課題などについて意見が交わされた。
「静」なる山々と土木遺産
シンポジウムの聴講等を通じて、漠然と抱いていた立山砂防に対する印象は、不動の山々と歴史的な土木構造物から成る「静的」イメージであった。しかし、現地見学によってそれは180度くつがえされた。当日の見学は、まず富山平野を流れる常願寺川に沿って進路を取った。度重なる洪水対策の一環として大規模に変更された流路、浚渫した土砂を再利用して整備された公園等、堤防沿いをバスは進んだ。緩やかな階段状に圃場整備された水田地帯を抜け、立山町へ入るとバスはぐんぐんと標高を上げながらカルデラ内部へと到着した。見学対象地のひとつである六九谷は、昭和44(1969)年の豪雨災害による大規模な斜面崩壊によってできた谷である。展望台からは、崩れた山体や樹木が押し流されてむき出しになった山肌、幾筋もの急峻な谷筋を一望することができる。

水系一貫に基づく防災システム
立山砂防の歴史は安政5(1858)年の飛越地震に遡る。当時鳶山の大崩壊によって発生した土砂の総量は約4億㎥といわれ、現在もその半分である約2億㎥がカルデラ内部に残るという。砂防事業の目的は単にこの土砂を上流域に留めるだけでなく、平野部において河床のバランスを取りながら、流量を調節しつつ下流域へ排出することである。山間部では、山崩れを防ぐ山腹工や土砂を食い止めるための砂防堰堤が整備される一方、平野部では堤防の建設、河道の維持といった治水対策が行われている。これらは水系一貫の考えに基づいて、上流域では土砂生産抑制、中流域では流出土砂の調整、下流域では治水対策が組み合わされることで、全体が防災システムとして機能している。このため、常願寺川砂防施設は一群として国の重要文化財に指定されているものの、白岩・泥谷砂防堰堤は土砂生産抑制、本宮砂防堰堤は流出土砂調整といった異なる機能を有する。


世界文化遺産と「動」なる山々
地震や豪雨などの自然災害によって、山も川も森も日々変化し続けている。現地見学から強く実感したこと-それは山々は生きている、ということである。立山砂防はその躍動する自然の変化を許容し、追随し続けている。砂防事業とは地形を安定させることであり、「新たな地形を造ることである」という言葉が印象的であった。絶えず変化する地形、崩壊しては新たに設置される砂防堰堤、120年の時を経て変化する施工技術など、一見すると真正性や完全性を求める世界文化遺産の理念と相反するようにもみえる。立山砂防は正に人類の英知の結晶であるともいえるが、文化財保存の原則やバッファーゾーンの保全、機能の維持や安全性の確保等を踏まえて、今後どのような議論が展開されていくか楽しみである。
(文化財保存計画協会)