シリーズ「会員往来」第14回


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シリーズ「会員往来」第14回

Correspondence

黒岩 千尋 Chihiro KUROIWA

海外文書館(右が閲覧棟、左が保管棟)
海外文書館(右が閲覧棟、左が保管棟)

はじめまして。あらたにICOMOS会員となりました、黒岩千尋と申します。

これまで、カンボジアのアンコール遺跡群での調査や修復、また周辺地域シェムリアップの建築・街並み調査にたずさわってきました。そのなかで、近代以降、遺跡がどのような議論や制度のもとで保存されてきたのか、ということに関心を寄せ、フランス領インドシナ地域(カンボジア・ベトナム・ラオス)の遺跡保護について研究しています。

とくに、建造物そのものの保存修復だけではなく、遺跡周辺に対する意識が当初、どのようなものだったのか、そして、遺跡が保護され、ツーリズム拠点化していくことで、周辺地域の街並みや建築、人々の生活にはどのような影響があったのか、そうしたことをフランス領時代の文書や図面、写真を手がかりに調べています。現在、フランス南部のエクサンプロヴァンスに、史料探しに訪れており、今回は少しだけ調査のことを紹介できればと思います。

エクサンプロヴァンスには、海外文書館(Archives nationales d’outre-mer)があります(写真)。フランス植民地の史料を保管・公開するため、1966年に設立されたアーカイブです。写真など一部のコレクションはデジタル化が進み、ウェブ上で閲覧することができますが、大部分は現地に来て、ファイル名から内容を推測し、1枚ずつめくりながら自らのテーマに沿った史料が含まれているのかを確認する必要があります。

ところが、今回の調査は、最初から予定どおりにはいきませんでした。

日本のニュースでも取り上げられていましたが、今夏、南仏では厳しい暑さがつづいていました。その影響はアーカイブにも及び、保管棟上階にあるインドシナ関連史料は、室温が高く、取り出すことができないそうなのです。このようなことは、今までになかったといいます。

そこで、ふと、フランス領の他地域はどうだったのだろう、と以前から気にはなっていたものの、縁遠く手が届かなかった、アルジェリアやチュニジアなどフランス領北アフリカについて、少し調べることにしました。アーカイブには、アルジェリアの史料が多数、保管されています。

まず、私の主題であるインドシナ地域では、歴史的・芸術的価値をもつ動産・不動産を「歴史的記念物」(monuments historiques)として指定し保存する、フランス本国の1887年法を踏襲し、1900年にインドシナ版の制度が立ち上がっています。この制度はフランスでは1913年、インドシナでは1924年に改正され、徐々にインドシナ版の制度は独自性を帯びていきます。

その独自性のひとつが「保護区域」(zone/périmètre réservée)です。

指定した歴史的記念物周囲の境界(périmètre)、もしくは複数の記念物を含む区画(zone)に、記念物と同等の効力で制限を設けられるという制度で、1925年にインドシナ制度として導入されました。これはフランスでの制度化(自然景勝地で1930年、歴史的記念物で1943年)に先行していますが、さらにアンコール遺跡群では独自に1911年に「保護区域」を設置しています。

アンコール遺跡群の「保護区域」の変化を図に示しました。まず、1911年に、主要な寺院や都城それぞれに対する境界を設けて、森林伐採や耕作、石材や遺物の持ち出しなどに制約をかけています。さらに1926年には、これらの都城・寺院を取り囲む区画を設定し、その範囲を「アンコール考古公園」と名付けて、入場料を徴収しています。入場料の規定も、インドシナの制度改訂時に組み込まれたものです。

さらに、1930年には区画が拡大し、同年に自然景勝地に指定された西バライ(アンコール王朝期の巨大貯水池)を含む範囲、つまり、歴史的記念物と自然景勝地を組み合わせた区画設定がなされています。この背景には、ツーリズムによる遺跡保護のための費用捻出や採石からの保護など、さまざまな地域的要因が存在しています。

アンコール遺跡群と「保護区域」

一方、北アフリカでは、地域によって「歴史的記念物」に関する制度の設立経緯が異なるようです。例えば、チュニジアでは当初から独自の制度を制定していますが(1882年暫定、1886年改正)、アルジェリアでは1887年のフランス法がそのまま適用されています。

記念物の周辺保護についても、チュニジアでは、現在も世界遺産として知られるドゥッガに初めて、1913年に非建築区域(zones non aedificand)が導入されています。これは同国の他の遺跡にも適用されたようです。(参考文献)

アルジェリアの史料からは、同国で周辺保護が制度化されていたかはまだ確認できていませんが、やはり、発掘のために開発や耕作が行われないように遺跡周辺の土地取得の必要性や、遺物流出を防ぐための区域の保護方法などが議題にあがっています。

同時代的に、地域を超えて同様の議論が行われていたこと、また、歴史的記念物の状況にあわせてそれぞれが地域性を有していることが、徐々にわかってきました。

週末を超えて、気温が落ち着いてきました。本日から、フランス領インドシナの史料調査が再開できています。興味深い史料に、さっそく巡り合うことができました。

明晩にはパリへ移動し、今度はフランス極東学院にて調査を行います。

最後に、この場をお借りして、今回の調査に多大なるご協力をいただいた、フランス極東学院のSébastien Clouet氏、Sophie Biard氏、海外文書館のみなさまに、心より御礼申し上げます。

2026年8月24日(月)

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参考文献

Myriam Bacha (2014) La législation patrimoniale tunisienne au début du protectorat -Le décret du 7 mars 1886 : entre innovation et obsolescence, Les territoires productifs en question(s),191-201. (https://books.openedition.org/irmc/691、2026年8月23日参照)

プロフィール

黒岩 千尋(くろいわ ちひろ):2016年 早稲田大学創造理工学研究科建築学専攻修士課程修了、2019年 同大学院博士後期課程単位取得退学。伏見編集室、早稲田大学理工学術院総合研究所嘱託研究員、日本国政府アンコール遺跡救済チーム、東京文化財研究所文化遺産国際協力センターアソシエイトフェローを経て、2026年から金沢大学能登里山里海未来創造センター特任助教。