第48回世界遺産委員会サイドイベントと視察ツアーへの参加報告
第48回世界遺産委員会サイドイベントと視察ツアーへの参加報告
Report on Participation in Side Events and a Study Tour during the 48th Session of the World Heritage Committee
森 朋子 Tomoko MORI
今回の第48回世界遺産委員会は、筆者にとって初めての現地参加であった。参加の動機は、開催地が韓国・釜山という比較的訪れやすい場所であったことであるが、幸いにも7月26日午前10時45分、「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産登録が決議される歴史的な瞬間に立ち会うことができ、忘れられないものとなった。
世界遺産委員会は午前と午後の二部構成で開催されていたが、その合間や終了後には多様なサイドイベントや視察ツアーも企画されており、筆者にとっては予想以上の学びを得る機会となった。3日間という短期間の滞在であったが、ここでは参加したサイドイベントと視察ツアーについて報告したい。
サイドイベントは会場内の別室で複数のセッションが並行して開催されており、どれも魅力的な内容で、参加するセッションを選ぶのに迷うほどであった。なかでも特に印象に残ったのは、中国イコモスによるattributes(資産の顕著な普遍的価値を表現する属性)に関する発表である。
中国イコモスは、世界遺産「杭州西湖の文化的景観」、世界遺産「普洱の景邁山古茶林の文化的景観」、暫定リストに記載されている成都の「古蜀文明遺跡」を対象に、attributesの特定と管理に関するプロジェクトを進めている。発表では、その取組の概要に加え、中国において世界遺産関連文書とattributesを対応付けることの難しさについても紹介された。この写真は当日の発表スライドを筆者が撮影したものだが、attributesの中国語訳が複数存在するという報告は興味深く(右写真)、同時に、こういった基本的なことに向き合われている姿勢に刺激を受けた。Luisa De Marco氏が、イコモスアドバイザーとしてプロジェクトに関わられており、今後の更なる進展に期待しつつ、注視していきたい。

その他、市民社会による活動や報告を通じて世界遺産保護に取り組む団体「ワールド・ヘリテージ・ウォッチ」が、世界遺産に関する地図情報の課題を提起するセッションや、「AIと世界遺産」をテーマに、AIが拓く世界遺産保全の未来について議論するセッションにも参加した。委員会の昼休憩時間や終了後の夜間にも、各分野の専門家による活発な議論が続き、会期中は早朝から深夜まで学びの多い時間となった。
7月27日(月)は、会場から車で約1時間半の距離にある、世界遺産「伽耶古墳群」の構成資産の一つである慶尚南道咸安郡の「末伊山古墳群」を訪問した。ツアーは午前の世界遺産委員会終了後の午後2時に会場を出発し、22時に帰着する行程で実施された。古墳群の視察に加えて伝統的な火祭りの鑑賞も含まれており、遺産と地域文化の双方を体験できる貴重な機会となった。
以下では、写真を交えながら、資産と緩衝地帯・周辺環境との関係、遺跡整備及び展示手法を中心に現地の様子を紹介したい。

まず、現地に到着して最も印象的だったのは、遺跡全体が美しく整備された公園のような景観を呈していたことである。日本で一般的に想起される墓地の景観とは異なり、明るく開放的な空間として整備されていた。その背景には、被葬者や遺跡に対する社会的な位置付けの違いも関係しているのかもしれない。市街地に隣接していることもあり、地域住民にとっても身近な存在となっているように感じられた。古墳群には王族や貴族が埋葬されており、その身分に応じて墓の位置にも階層性が認められる。最も高位の被葬者は丘陵の頂部に埋葬されており、地形そのものが社会的階層を表現する構造となっている点が興味深かった。


資産(赤線)と緩衝地帯を示す図からは、特に北側の隣接市街地を緩衝地帯に含めることで、周辺景観を管理しようとする意図が窺えた。現地では、市役所の建物が遺跡に近接して立地しているが、案内いただいた方によれば、世界遺産登録の審査過程において特段の懸念事項として指摘されたものではないが、地元自治体としては将来的に市役所を移転したいとの考えを有しているとのことであった。
一方で、市役所という行政の中心施設が古墳群に隣接して立地している点も興味深かった。これは必ずしも根拠のある見解ではないが、政治的中心地と墓域との関係が歴史的に継承されてきた可能性を想起させるものであった。土地利用のあり方に文化的・歴史的背景がどのように反映されているのか関心を抱き、今後機会があれば調べてみたいと感じた。

展示施設では、この古墳の発掘調査から保存・活用に至るまでの経緯を紹介するパネルが展示されていた。詳細な内容までは十分に把握できていないが、日本統治時代の発掘調査を契機とし、1986年から本格的な発掘調査が進んで実態が次第に明らかになり、近年には世界遺産登録に向けた整備が進められ、現在の開放的な景観が形成されてきた経緯を概観することができた。また、展示は英語表記にも対応しており、簡潔で分かりやすい説明がなされ、来訪者が歩きながら理解を深められる工夫が施されていた。

Nakhwa Nori(「落火ノリ」)の火祭り
地元で評判と思われるレストランで夕食をいただいた後、特別に咸安の伝統的な火祭りである「落火ノリ」を鑑賞する機会も設けられていた。この祭りは数百年以上の歴史を有する伝統行事であり、仏教寺院に隣接する池を舞台に行われた。
火祭りに先立ち、祭りで使用する落花棒づくりのワークショップが行われ、参加者全員が5〜6本を作成した。バスの中で事前説明を受けた際には、短時間でどのように作るのか想像がつかなかったが、炭粉を韓紙で包んで作る簡易なものであった。


火祭りは、日没後、池に無数の火の粉が舞い落ち、幻想的な照明のなかに伝統文化が一体となった印象的な光景が創出されていた。地域に継承される無形文化を体感できる機会となり、視察の締めくくりとして強く印象に残った。
視察には日本からも5〜6人の方が参加しており、委員会会場とは異なる場で交流を深める機会ともなった。酷暑の中ではあったが、日傘や扇子に冷たい水をご用意いただくなど、細やかな配慮を受け、ご案内いただいた現地スタッフの皆様の温かいもてなしにより、充実した視察を行うことができた。
今回の世界遺産委員会への参加を通じ、委員会審議のみならず、多様なサイドイベントや現地視察の重要性を実感した。短期間ではあったが、多くの学びと交流の機会を得ることができ、ご案内いただいた現地スタッフの皆様に深く感謝申し上げたい。
(札幌市立大学)