デジタルドキュメンテーションの断片を繋ぐ —— 建造物の 3D 記録と保存 修復のあいだで


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デジタルドキュメンテーションの断片を繋ぐ —— 建造物の 3D 記録と保存 修復のあいだで

Bridging the Fragments of Digital Documentation: Between 3D Recording and Conservation of Architectural Heritage

井川 博文 Hirofumi IKAWA

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はじめに:建造物のデジタルドキュメンテーションの現在地

デジタル技術の急速な進展は、文化遺産の記録・保存・活用のあり方に大きな転換をもたらしている。世界各地で文化遺産のデジタルツイン(実物と対応するデジタル複製)化や3Dアーカイブの構築が国家プロジェクトとして進む中、日本の現在地をどう捉えるべきだろうか。本稿では、建造物の3Dデジタルドキュメンテーションに焦点を当て、日本が抱える課題と、国際社会への貢献の可能性を考えてみたい。

ここでいう断片とは、写真・点群・図面・属性情報・修復記録など、別々に保存されがちな記録単位を指す。なお、美術工芸品や文書等を含むデジタルアーカイブ全般については、日本政府によるデジタルアーカイブ戦略2026-2030 [1]が策定されており、2035年までにEuropeana並みの規模と利便性を目指すという国家目標が示されている。しかし、建造物の3Dデジタル化については、その複雑さゆえに独自の課題を抱えている。

建造物と他の文化財との違い

美術工芸品や名勝、史跡といった文化財では、ありのままの形状を忠実に捉える点群データそのものが大きな意味を持つ。一方、建造物の場合、設計者が重視するのは計画寸法に基づくモデル化 —— すなわち、設計意図の可読化である。柱の個々の傾きや歪みまで記録した点群データは、それ単体では修復の実務において必ずしも使いやすいものではない。修復の現場でむしろ歓迎されるのは、整理されたBIM(Building Information Modeling)のようなモデルであり、点群は現況を裏づける参照としてモデルに紐づくのが理想的と思われる。

もし整理されたモデルが構築できれば、日本が有する現場力は大きな資産となる。建造物の保存修理及び調査に携わる設計者や技術者のスキルは、その緻密さにおいて世界でも特筆すべき質を有している。たとえば伝統的な木造建築には過去の修理の痕跡や技法が残るが、これを的確に記録しモデルを通じて共有できれば、日本独自の強みとなり得る。しかし、データの蓄積量や国レベルでの共有基盤という視点に立った時、欧州をはじめとする先行事例に対し、日本がどのような位置にあるのかは冷静に見つめ直す必要がある。個々の技術は高くとも、それらが社会的な基盤として機能しているかには課題が残る。

課題標準化の遅れとロードマップの不在

現在、日本が直面している最大の問題は、建造物のデジタルドキュメンテーションにおける断片化であり、さらに言えば、この領域におけるロードマップの不在である。以下、欧州連合(EU)の動向を参照しながら、日本の課題を整理したい。

1.個別最適化による問題

日本では各組織での建造物データの蓄積が進んでいるが、メタデータやファイル形式は統一されていない。特に、座標参照系、部位・部材の命名規則、モデルと点群の対応付け、LOD(幾何・属性の詳細度)の考え方が揃わないと、将来的にこれらのモデルを比較しようにも、膨大な「読み替え」コストが発生する。ましてや将来的にこれらを統合しようとした際、技術的な壁に直面するリスクは高い。

対照的に、EUは政策主導で共通欧州データスペースの構築を掲げている。ここでいうデータモデルの標準化とは、BIM/HBIMそのものの話ではなく、公開・共有時にどのような形式・構造で記述し保存するかという共通ルール —— いわばメタデータの枠組み —— の策定である。EUはこれをEuropeanaへの集約を見据えて進めている。たとえば、文化遺産のための共通データスペースへの接続ハブとしてEUreka3Dデータハブが整備されている。このハブでは、Europeanaデータモデル(EDM:欧州のデジタル文化遺産を横断的に検索可能にするための共通メタデータ規格)に準拠した管理が行われている。各データには永続的識別子(PID:データに固有のIDを付与し、URLが変わってもアクセスできるようにする仕組み)が付与され、将来にわたるアクセスが保証されている [2]。日本でも、将来的なデータ統合を見据えた標準化の議論を始めることが望ましい。

2.定量的目標の不明確さ

日本では、建造物の3Dデジタル化に特化した数値目標や優先順位が明確でない。個別の文化財については精細な記録が存在するものの、「どの建造物をいつまでに3D記録するか」という優先順位は示されていない。

EUは2030年までに、物理的破壊のリスク(火災・自然災害等)にさらされているすべての記念物・遺跡(建造物を含む)の100%を3Dデジタル化し、訪問者の多いサイトの50%を3Dデジタル化するという明確な定量的目標を掲げている [3]。日本においても、前述のデジタルアーカイブ戦略2026-2030 [1]により文化資源全般のデジタル化については国家目標が示されているが、建造物に特化したロードマップは見当たらない。

3.データの形骸化への対策

日本では、記録すること自体が目的化し、取得されたデータがハードディスクの中で眠り続けているケースも少なくない。データが将来の修復時に参照可能か、その真正性が担保されているかという基準作りも後手に回っている。たとえば、取得条件・処理手順・改変履歴といったパラデータ(データの来歴情報)まで含めて残す枠組みが必要だが、そうした議論は緒についたばかりだ。

EUではデジタル・オムニバス提案によるデータ法の整備等を通じてデータ共有の法的障壁を取り除き、教育や研究、クリエイティブ産業での再利用を促進している [4]。


以上の三つの課題をまとめると、日本の建造物3Dデジタル化の現状は次のように例えることができる。個別の3Dデータは各地で作られているものの、それを使ってどのような国としてのアーカイブ基盤を築くのかという設計図が共有されていない状態である。設計図がないままデータを積み上げても、それらは災害対策や修復に生かすにも、バラバラの取り組みとして残ってしまう恐れがある。

CIPA日本国内委員会の役割と日本の強み

CIPA(国際文化遺産記録委員会)日本国内委員会には、国際的なハブ組織として海外の動向をキャッチアップし、EUが進める共通基盤の構築というアプローチを参考にしつつ、日本独自の文脈に基づいた戦略を構築することが期待される。具体的には、(1) 建造物3Dの最小メタデータと品質項目の提案、(2) HBIM+点群の参照関係を前提にした共有・保存の指針の整備などが考えられる。

修復に直結する「質」へのこだわり

日本の強みは、これまでの記録を次の50年、100年の修復に直結させる実践にある。その背景には、日本の現場に根づいた、修理を通じて建造物を調査し、建設時の技法や痕跡を克明に記録しようとする姿勢がある。生成AIによるデータ生成が容易になる中で、実物の痕跡に基づいた記録の価値は相対的に高まっている。こうした姿勢は、オーセンティシティ(真正性)を担保するデータ取得の国際標準を支える柱となり得る。

先に述べたように、建造物の実務において求められるのは、点群データそのものよりも、それを整理・解釈したモデルである。この点で注目すべきは、HBIM(Historic BuildingInformation Modeling:歴史的建築物情報モデリング)の手法だ。

たとえば、屋根瓦の一枚一枚に番号を付与してモデル化し、点群データを補足情報として紐づける実践がある。この事例はICCROM(国際文化財保存修復研究センター)のウェビナーで、桑山優樹氏(株式会社ワイクウデザイン)が瓦屋根のBIMを取り組みとして紹介したもので、複数の欧州の専門家から個別に問い合わせがあるなど、大きな関心を集めた。部材単位の識別が、そのまま修復工程の管理に繋がる点が興味を引いたように思われる。将来の解体修理時にどの部材がどこに使われていたかを特定できる現場力を背景とした、修理現場におけるデジタル技術の活用の可能性が高く評価されたのだと思う。

EUにおいても、3Dデジタル化の品質基準に関する包括的調査のような詳細な基準は存在するが、現場の中小機関には複雑すぎるとされ、より簡素化されたガイドラインが求められている現状がある [5]。日本の現場が持つ実践的かつ高品質な知見は、こうした国際的なニーズに応え得るものである。

デジタルドキュメンテーションは、単に現在の姿をコピーすることではない。それは、未来の修復者や次世代の継承者へ宛てた手紙と言えるものだ。

建造物の場合、その手紙は点群データとしての記録だけではなく、設計意図や修復履歴が読み取れる形で整理されたモデルであるべきだろう。日本が目指すべきは、EUのように強固な共通基盤を構築するアプローチを参照しつつ、そこに現場の知恵が詰まった高品質の記録データをボトムアップで蓄積していくことだ。データを蓄積するインフラ整備と、現場発の質の高いデータの蓄積。この二つが揃って初めて、建造物のデジタルデータは社会的な価値を持つ。建造物の維持管理までを見据えた日本の現場の力を孤立させることなく世界標準の建造物3Dデータ基盤として展開できるように。CIPA日本国内委員会は、その議論を広く行うプラットフォームとなることを期待している。

(文化庁)


[1] 内閣府知的財産戦略推進事務局. (2025).デジタルアーカイブ戦略2026-2030. 2025年5月策定。2035年までにEuropeana並みの規模と利便性を持つデジタルアーカイブの実現を目指す日本の国家戦略。URL:https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pdf/archive_2026-2030.pdf

[2] EUreka 3D Project. (n.d.).About EUreka 3D Data Hub.デジタル・ヨーロッパ・プログラムの支援を受けたクラウド基盤であり、文化遺産のための欧州共通データスペースへの直接的なエントリーゲートとして機能する。Europeanaデータモデル(EDM)に準拠したメタデータ管理と、永続的識別子(PID)の付与によるデータアクセスの保証を実現している。URL:https://eureka3d.eu/eureka3d-data-hub/

[3] European Commission. (2021).Commission Recommendation (EU) 2021/1970 of 10 November 2021 on a commonEuropean data space for cultural heritage. 2030年までに、物理的破壊のリスク(火災・自然災害等)にあるすべての記念物・遺跡の100%を3Dデジタル化し、訪問者の多いサイト の50%を3Dデ ジ タ ル 化 す る と い う 数 値 目 標 を 設 定 し て い る 。URL:https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/news/commission-proposes-common-european-data-space-cultural-heritage

[4] European Commission. (2025).Digital OmnibusProposal. 2025年11月19日に発表された、デジタル関連法規(データ法、GDPR、AI法等 ) を 簡 素 化 ・ 統 合 す る た め の 包 括 的 な 規 制 パ ッ ケ ー ジ 案 。URL:https://ec.europa.eu/info/law/better-regulation/have-your-say/initiatives/14681-Simplification-digital-package-and-omnibus

[5] EUreka 3D Project. (2024). 3D DigitisationGuidelines: Steps to Success. 2024年6月に発行された実践的ガイド。複雑なVIGIE2020/654調査を基に、高品質な3Dデジタル化を実現するための簡略化されたワークフローを提示している。URL:https://eureka3d.eu/3d-digitisation-guidelines/