モダンムーブメントの近現代建築再生の課題 -旧上野市庁舎の事例報告


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モダンムーブメントの近現代建築再生の課題 -旧上野市庁舎の事例報告

Challenges in the Conservation of Modern Movement Architecture - A Case Study of the Former Ueno Municipal Office

鯵坂 徹 Toru AJISAKA

再生計画の模型写真

坂倉準三設計の旧上野市庁舎

旧上野市庁舎は、上野市(1941年発足)の新庁舎として1964年に、坂倉準三建築研究所(大阪事務所)の設計で竣工した地下1階地上2階の鉄筋コンクリート造の庁舎建築である。2004年に周辺町村と合併し伊賀市となり、2019年12月まで伊賀市の庁舎として利用されていた。この旧庁舎は、豊岡益人市長が、羽島市庁舎の景観と一体となった作品を見て、東京大学文学部の先輩にあたる坂倉準三にその設計を依頼した。そして、1959年より市庁舎の検討がはじまったが、市民が利用する施設整備が優先され、公民館(1960:B1F/2F 400㎡)が最初に建てられ、西小学校(1962:3F Ⅰ期2360㎡ Ⅱ期2535㎡ Ⅲ期856㎡)崇広中学校(1963:3F Ⅰ期1300㎡ Ⅱ期1790㎡)、三重県上野総合庁舎(1963:B1F/3F 4494㎡)、白鳳公園レストハウス(1963:B1F/1F)等々の全体計画が進む中で、上野市庁舎(B1F/2F 6423㎡)は1964年3月に竣工した。坂倉準三が着手時に伊賀を訪れた際、これらの上野市の中核施設となる予定地を、数日間、丹念に視察し、いずれも高さを低く抑えた建築群となったと言われている。庁舎の担当は、坂倉準三建築研究所大阪事務所の西沢文隆、柴田勝之、好川忠延、外村嗣夫で、構造設計は、平田建築構造研究所、設備設計は桜井建築設備研究所、施工は錢高組名古屋支店だった。同時期の坂倉準三が設計した羽島市庁舎(1959)、呉市庁舎(1962)、枚岡市庁舎(1964)が市のランドマークとなるような中高層のボリュームであったが、この上野市庁舎は、伊賀上野城のある上野台地の山裾に低層で平面的に広がった空間が設けられている。4.6m毎に約75mにわたりRC造の列柱が並び、1階の天井髙を確保した開放性の高い吹抜空間が、広場のような市民サービスの場となっていた。一方の2階の議場や議員諸室は、それらの空間とは切り離され、中庭のある静謐な空間である。微妙な高低差に着目して半地下とし、断面的に考え抜かれた低層庁舎建築で、極めて価値が高い作品である。

建替問題

2007年に今岡睦之市長が、現在地での庁舎の建替を発表、2008年1月に当選した内保博仁市長も前市長の方針を支持した。この建替計画に対して2009年に「私達の伊賀市を考える会」が、署名活動やシンポジウム(11/23)、展覧会「坂倉準三展」(11/15-29)を開催、2009年12月にDOCOMOMO Japan(鈴木博之代表)が「伊賀市南庁舎(旧上野市舎)、伊賀市北庁舎(旧三重県上野総合庁舎)伊賀市中央公民館(旧上野市公民館)の保存活用に関する要望書」を内保博仁伊賀市長に提出した。さらに2010年1月18日には日本建築学会東海支部も「伊賀市庁舎等の保存活用についてのお願い」「伊賀市庁舎(旧上野市庁舎)等に関する建築学的評価」を提出した。一方、伊賀市は、2010年4月に検討委員会の答申を受け、現庁舎を解体し新庁舎を建築することを表明、2010年7月に伊賀市庁舎建設基本計画を発表した。この市の方針に対して、2011年5月に緊急市民集会「つくろう無駄遣いしない町」が行われたが、2012年に市は中央公民館、北庁舎(三重県上野総合庁舎)を解体、更地化が進んでいった。その状況下、2012年11月、庁舎の解体に反対する元関西テレビアナウンサーの岡本栄氏が市長選に立候補し当選した。

2009年に開催された「私達の伊賀市を考える会」の案内

2010年に開催された「私達の伊賀市を考える会」の案内

2011年5月の緊急市民集会の案内

岡本栄市長は、翌年の2013年12月に伊賀市庁舎整備計画に関する答申で、2つの市庁舎整備案(現在地案:南庁舎を改修し敷地内に不足分を新築 / 移転案:新しい場所に新築[三重県伊賀庁舎隣接地])を表明し、2014年に市庁舎を県分庁舎隣接地(伊賀市四十九町)に移転新築することを決定した。

再生に向けて

2015年6月、伊賀市庁舎(旧上野市庁舎)が DOCOMOMO Japanにより「日本におけるモダン・ムーブメントの建築 183」に選定、また同年に市が実施した伊賀市庁舎の耐震改修等の検証業務が終了した。翌2016年6月25日に、DOCOMOMO Japanの「関西の選定建築を巡る」が伊賀市で開催され、市長へDOCOMOMO選定プレートの贈呈、シンポジウムが開催された。この「関西の選定建築を巡る」が契機になり、8月にDOCOMOMO Japanから庁舎を図書館として活用する「伊賀市庁舎(旧上野市庁舎)再生計画」が提出された。構造家の今川憲英氏の協力で耐震補強の基本的方針を示し、1階、中2階を図書館開架コーナーとして活用した内容で、資料や模型等は鹿児島大学鯵坂研究室が作成した。

2016年のDOCOMOMO Japan伊賀市庁舎(旧上野市庁舎)再生計画の模型写真

2016年のDOCOMOMO Japan伊賀市庁舎(旧上野市庁舎)再生計画の模型写真

DOCOMOMO Japanの「関西の選定建築を巡る」の案内

この年の11月の市長選挙で岡本栄市長が再選され、翌年の2017年4月には、移転新築する新市庁舎起工式が行われた。そして、2017年2月、市庁舎を含む近代建築群が「伊賀上野城下町の文化的景観 旧城下町の都市景観に合わせた近代建築群の代表例」として日本ICOMOSの 20世紀遺産20選の一つに選ばれた。2018年12月末で市庁舎機能が移転先の新庁舎に移転し、旧上野市庁舎が伊賀市本庁舎としての機能を終え、空き家の状態となり、2019年3月、 旧上野市庁舎が伊賀市指定有形文化財(建造物)に指定される。伊賀市は、旧庁舎の活用を民間企業に打診するが、どこを変えて良いのかわからないとの回答を受け、伊賀市教育委員会が「市指定有形文化財旧上野市庁舎保存活用計画策定検討委員会」[1] を発足させ、保存活用計画の作成に着手、そして2020年1月に保存活用計画の第一版として公表、旧上野市庁舎の利活用に関するサウンディング型市場調査の実施を発表した。

東立面及び南立面の保存部位

1階の保存部分

中2階の保存部分

2階の保存部分

伊賀市ホームページの保存活用計画第一版 立面平面の保存部分(https://www.city.iga.lg.jp/cmsfiles/contents/0000007/7276/hokatu.pdf )より

伊賀市は、4月に民間5社が参加してサウンディングを実施し、6月に「結果を公表し、いずれの事業者からも伊賀市が策定した交流型図書館を核とする基本計画、基本設計に基づく提案があったことを発表した。翌年の2021年10月に伊賀市にぎわい忍者回廊整備(忍者体験施設等整備)に関するPFI事業の募集要項が発表され、1社の応募があり、選定委員会の総合評価により、2022年4月に優先交渉権者を選定、そして2022年9月に約20年間のPFI事業契約が議会の議決により成立した。選定された事業者は、代表企業株式会社ヒト・コミュニケーションズで、構成企業として、株式会社図書館流通センター、JNC エンタープライズ株式会社、有限会社マル・アーキテクチャ、船谷建設株式会社、株式会社伊藤工務店、株式会社丹青社の6社が名を連ね、具体的な設計作業がはじまり、2023年5月に事業説明会、11月に工事説明会が実施され、工事が着手された。

2019年より保存活用計画の検討がはじまり、2020年からサウンディング型市場調査を開始、市長と議会の対立が続く中、約3年かけて漸く民間による再生事業者が進められることになった。これまで都城市民会館や羽島市庁舎で再生の民間提案が募集されたが、それらの募集期間が数カ月から10ヶ月程度で、民間事業者の選定に至らなかったことを考えると、旧伊賀市庁舎では、慎重に時間と手間をかけた事業者募集と選定が行われ、民間による再生事業に繋げることが可能となった。これは、岡本栄市長や当初より庁舎の保全を推進した地元の滝井利彰氏の尽力によるところが大きいと考えられる。早い段階から地元で、多くの方々が保全活動に参加し、その活動が継続した結果と判断される。

モダンムーブメントの近現代建築再生の課題

民間事業選定後、建築物価の高騰や保存再生工事特有の変更等により、事業採算を成立させて開業に至るまでには多数の問題が生じていった。設計着手後も継続されていた先の保存活用計画策定検討委員会の委員へ、基本設計、実施設計等への意見具申が出され、委員からは、保存部分である1階の吹抜空間への新たな階段設置の中止や、同じく保存部分の旧市長室の保全に努めるよう意見が出されたが、事業の収益性や法規制からやむなく階段設置や市長室の改変が実施された。また、坂倉デザインの特徴の一つである天井やその廻縁のディテールの保全もコストや設備計画上の問題から、一旦、天井を解体し新たな天井を設置したため、失われてしまい、光沢のある平滑な天井となった。それらの天井の目地や廻縁については、教育委員会が実測し記録保存が進められた。

再生前の2階廊下

再生前の2階廊下天井

今回の保存活用計画は、文化庁の「重要文化財(建造物)保存活用標準計画の作成要領」を参考として作成が進められた。

部位の設定

市の指定文化財のため、1階吹抜空間や2階廊下は保存部分となっていたが、各部位の設定では、保存部分であるが、当時と同じ材質のボード類が入手できない可能性が高いため、基準3となっていた。しかし、市や事業者側は、コストや多数の課題を解決し活用するためには、基準3の「主たる形状及び色彩を保全する部位」に従い改修し、建設コストや法規制から、保存部分への介入も致し方ないとの方針となっていった。建築材料のアスベスト使用が全面的に禁止されたのは旧市庁舎の竣工後で、1950〜60年代のモダンムーブメントの近現代建築にはアスベストが混入されたボード等が多用されており、保存活用計画の部位の設定において、基準2とすることは困難である。材質が変わっても入手できる元の材に近い材質を使い意匠として継承すべき部分として基準2と3の間に位置づける基準2.5のような設定が必要なのかもしれない。または、何らかの特記を記載すべきなのかもしれない。基準2は、伝統建築の場合、置換する木材を同じ材質で修理する部位として理解されており、この部位の設定方法はモダンムーブメントの近現代建築の保存再生の課題の一つと考えられよう。

2025年7月に2階のホテルが泊船HAKUSENとしてオープンし、1階・中2階部分が2026年4月に伊賀市中央図書館として開館する。大規模なモダンムーブメントの近現代建築の再生が実現したことは、まずは喜ぶべき事象である。しかし、今後も建築物価の高騰や収益性に配慮して再生にソフトランディングするには、近現代建築の保存すべき価値や部分・部位について事例と議論を重ねていくことが不可欠と考察する。

( DOCOMOMO Japan代表理事/鯵坂建築研究所代表 )

[1] 菅原洋一会長(三重大学名誉教授)、鰺坂徹(鹿児島大学大学教授)、畑中重光(三重大学大学院工学研究科特任教授)、滝井利彰オブザーバー(伊賀氏文化財保護審議会長)