特集にあたって:世界遺産の保全状況
特集にあたって:世界遺産の保全状況
Introduction to the Special Issue: Discussions on the State of Conservation of World Heritage Sites
森 朋子 Tomoko MORI(本号特集担当)

本号では、前号(2024年冬号)の特集「第46回世界遺産委員会の議論と日本の展望」に続いて「世界遺産」に着目し、その保全状況や管理、遺産影響評価に関して特集することで、「世界遺産の保全」について考える機会としたい。
前号特集を担当された下田一太氏は、「第46回世界遺産委員会の報告会」の最後に、新規登録への注目や議論が集まる日本の現状に対し、登録済みの世界遺産に関し、その効果や保全管理の課題など世界遺産登録制度を問い直すような視点が必要ではないか、との問題提起をされた。確かに、その報告会に参加された方は、新規登録を目指す自治体からの参加が目立った。新規登録は、日本国内で今も大変な注目をされる。一方、登録済の世界遺産はというと、国内法に加えた世界遺産特有の保全管理と当然のごとく期待される観光促進に、登録前の熱気から冷め、保守的な状況に置かれるのもある意味仕方がないのかもしれない。
個人的な話になるが、筆者は博士論文で富山県五箇山の相倉・菅沼集落(「白川郷・五箇山の合掌造り集落」)、その後所属した研究室のプロジェクトでネパールの「仏陀の生誕地・ルンビニ」、札幌に赴任してからは「北海道・北東北の縄文遺跡群」と、登録後の世界遺産に関わる機会に恵まれた。その関わりの根底には、博士課程の時に受けた恩師・西村幸夫教授の教えがある。それは、文化財の頂点にある世界遺産をより高みに引き上げることでその(山の)裾野が広がり、私たちの身近な歴史的環境にゆくゆくは波及していく、ということである。歴史的環境の裾野を広げること、それはすなわち地域固有の特性を価値として大切にする土壌を培っていくことであり、これは、一般に歴史がないといわれる札幌に赴任し、あの大通公園の現実に筆者自身が触れ、尚更にその重要性を感じていることでもある。

この写真は、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」の一つである五箇山で2025年3月5日に撮影した相倉集落である。少し紹介させていただきたい。
富山県南砺市では、2012年に「南砺市五箇山世界遺産マスタープラン」(委員長:西村幸夫教授)を策定した。現在、そこから10年以上を経過し、地域の人口減少と少子高齢化がさらに進み、訪日外国人観光客の増加など社会環境も変化し、その改定に関する議論(委員長:和歌山大学永瀬節治准教授)を進めている。特に相倉集落では、合掌造り以外の家屋(瓦屋根などへ改造)の空き家が7件を数え、老朽化した板倉など付属屋も含み維持管理をどうするか、その所有の問題も加わる深刻な状況にある。ご覧の通りの豪雪地帯であり、日常管理も大変厳しい。
集落の歴史は長く、代々引き継ぎ守られてきた個々の家々の集合であり、守るもの変えるものの尺度は、都市に暮らす者のそれと異なることは当然である。世界遺産は伝統的建造物群保存地区制度により保全されているが、白川郷と異なり史跡指定による土地利用規制が敷かれている。まもなく登録から30年、人口減少など厳しい現状を踏まえ、「生きた世界遺産」の将来を現実的に考える、考え直す時期にいる。
2024年7月現在、世界遺産は文化遺産952件、自然遺産231件、複合遺産40件を含む1,223件に上り、そのうち日本からは文化遺産21件、自然遺産5件の計26件の世界遺産が登録されている。世界遺産の保全は、単なるモノの保全とは異なり人の暮らしや社会など複雑な要因が絡み合い、その課題も多様化している。本号は、世界遺産として認められた顕著で普遍的な価値を未来に向け保全していくという共通理念のもと、第46回世界遺産委員会で議論された資産の保全状況について、また保全の議論に昨今定着してきた遺産影響評価に軸を置いて構成している。
【第46回世界遺産委員会の保全状況の議論】
第46回世界遺産委員会では、議題7B「世界遺産登録物件の保全状況」に、文化遺産43件、複合遺産6件、自然遺産18件の合計67件の保全状況が議題に挙げられた。
文化遺産43件における危機遺産登録の審査対象は2件(イギリスのストーンヘンジ、ネパールのルンビニ)あった。これについて、筆者より世界遺産委員会の決議内容を中心に紹介する。
また、文化遺産43件には、2019年10月の火災から復旧工事が進む「琉球王国のグスク及び関連資産群」が含まれていた。復旧工事が進む「琉球王国のグスク及び関連資産群」の保全状況について、沖縄県教育庁文化財課記念物班・班長の新垣力氏に紹介いただく。
【日本の世界遺産の保全、遺産影響評価について】
まず、世界遺産委員会にも委員国として出席されている西和彦氏に、世界遺産の保全をめぐる議論の流れと、遺産影響評価に関する現状について概括いただく。
次に、2024年11月から開催されているICOMOS アジア太平洋地域ウェビナーシリーズ「遺産影響評価」について、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群を発表された福岡県人づくり・県民生活部文化振興課九州国立博物館・世界遺産室世界遺産班 参事補佐岡寺未幾氏から、アジア太平洋地域の遺産影響評価の現状について報告いただく。
近年の保全動向として、2011年世界遺産登録から10年以上経過した「平泉ー仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群ー」を取り上げる。近年の開発事例や課題、また遺産影響評価の現状と課題等を含めたその保全動向について、岩手県教育委員会事務局生涯学習文化財課櫻井友梓氏から紹介いただく。
(札幌市立大学)