「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産登録10周年記念国際シンポジウムの成果の可能性について
「富岡製糸場と絹産業遺産群」世界遺産登録10周年記念国際シンポジウムの成果の可能性について
Possibility of the Achievement of 10th Anniversary International Symposium of Tomioka Silk Mill and Related Sites
宮﨑 彩 Aya MIYAZAKI

群馬音楽センターで2025年1月10日から11日の2日にわたって実施された本シンポジウムは、文化遺産の今後の在り方について、様々な可能性と希望を与えてくれる会議であったと思う。それは「富岡製糸場と絹産業遺産群」登録10周年であり、奈良文書採択30周年という節目の年であったということだけではない。私たちはシンポジウムの事前準備の段階から群馬県内の絹産業遺産を見て回る機会を与えられたのだが、そこで目の当たりにしたのは、世界遺産や日本遺産「かかあ天下」、ぐんま絹遺産にも含まれていない、それらの間や周辺に存在するモノ・コト・ヒトが作り出す豊かさの存在感だった。今回採択された群馬宣言の中で提示された「ヘリテージ・エコシステム」は、まさにその文化遺産と周りの環境に存在する/あるいは存在したモノ・コト・ヒトに焦点をあて、全体の中で文化遺産を捉え直すための包括的な概念である。言葉ではなかなか説明が難しい概念であるが、実際に体感すると、国内・国際制度で取捨選択されたことで含まれなかったその他の重要なモノやコトを知ったうえで初めて理解できる三次元での文化遺産の重要性が明らかになってくるのである。
それを体感したのが、碓氷製糸株式会社の見学だった。群馬の絹産業遺産群には、国営の後、民間企業によって運営された富岡製糸場の他、お蚕さんの飼育法を確立した証として高山社跡と田島弥平旧宅、蚕種の貯蔵のために自然を生かした冷蔵技術である荒船風穴が含まれている。これらは卵を貯蔵することで年に複数回養蚕を可能にし、お蚕さんを確実に飼育し絹糸の質を高めるための努力を踏まえ、製糸を工業化した歴史が含まれている。しかし、残念ながら絹産業はどんどん規模を縮小しているのが現状だ。そんな中で今も製糸工場として活躍を続けているのが碓氷製糸株式会社である。富岡製糸場で見る機械を未だに用いながら品質の高い絹糸を今も作っているが、元々は農家が協同組合を設立し、自分達の育てた蚕をより高く買ってもらい、高い品質の絹糸を作ることで高く売るための組織であった。そして今も国内12県で生産された繭を生糸に加工している。この工場では、伝統的な製糸課程を維持管理するための熟練した技術と、それを可能にしている古い機械の修理・管理、農家を支え続ける経営形態に今も生きる絹産業文化を見させていただいた。そしてお話を伺う中で、いかに養蚕や製糸には良質な水源が必要であるのか、また蚕の餌である桑畑が以前とは打って変わってほとんど見られなくなっている現状の危機も知ることとなった。絹産業遺産の生きている文化、そして消えかけている文化を改めて認識し、それらも含めて文化遺産の価値を再認識することで初めて持続的な絹産業文化遺産を守り続けることができる、ということ、それこそがヘリテージ・エコシステムなのだということに気づかされた。
この観点から、私は群馬宣言を文化遺産の専門家や自治体、研究者にだけではなく、広く一般的なツールとして市民や学生、ビジネスセクターなどにも使ってもらいたいと考えている。例えば、文化観光と文化保護の相克は、オーバーツーリズムなどの問題で指摘されているが、ヘリテージ・エコシステムの中に対象となる文化遺産を置き、周りとのストーリーを見ることで、共存の道が見えるきっかけとなりうる。また、住んでいる町が文化的価値のある場所だと指定され、住みにくいと考える住民にとって、その文化遺産は何故私の暮らす環境の中で重要な意味があるのか、私はその文化遺産との関係でどこにあるのか、ということを考えることによって、共存の仕方も変わってくる。文化遺産セクターの中に留めておくのではなく、広く使ってもらえるツールとしての可能性に期待を持っている。