ISCEAH小史とその憲章
ISCEAH小史とその憲章
A Brief History of ISCEAH and Its Charter
岡田 保良 Yasuyoshi OKADA

1.土の建築遺産国際学術委員会ISCEAH*では、いま憲章Charterの策定を進めている。ISC自体の発足の経緯はよく承知していないが、1972年にイランのヤズドで第1回が開催されて以降、「土の建築遺産に関する国際集会(Terra Conferenceを通称とし、International Conference on the Study and Conservation of Earthen ArchitectureあるいはWorld Congress on Earthen Architectural Heritage)」をサポートする専門家グループとして機能していた。ISCEAHとTerra集会との関係は、文化的景観のISCとCIPA、遺産記録のISCとIFLAそれぞれの関係に似て、イコモス外で設立された既存の専門領域に結成された機関と一体に活動しているが、Terra集会には独自の恒常的組織は存在しない。
筆者自身は90年代後半に当時の国内委員長故石井昭先生から推薦され、Nationalメンバーの仲間入りを果たし、今もJapan, NC-designated voterとしてExpert membersの一員に名を連ねている。ただICOMOSでは当時のISC自体は不活性委員会とみなされ、2000年の西安総会時に集合したメンバーにより、後に諮問委員会委員長に推された故John Hurd氏を代表として、新しいプラットホームを形づくることになった。ISCEAH(ISC of Earthen Architectural Heritage)という略称もそのとき合意された。筆者自身はというと、近年はその活動に参加する機会を逸しているのみならず、仲間たちの動向にすら疎くなっており、自身の反省と直近のISCEAHキャッチアップの意味を込めて本稿に取り組むこととした次第である。
その後は、5つの柱Scientific Themesの認定、細則By-lawsの策定、そして一連のTerra集会の開催と活動を展開し、ISCARSAHやCIVVIHとのコラボにも取り組んでいる。5つの柱とは、Theme 1: 現存する建築遺産の保存と研究、Theme 2:考古学環境の保存と研究、Theme 3: 伝統的構造技術への理解、Theme 4: 文化的景観への貢献、Theme 5: 歴史的耐震技術の現存遺構への適用、とする。2019年に理事会Boardが採択した細則には、2008年のエゲル西安原則に従うことのほか、ISCの目的、その役割、活動、メンバー、ほか17の条項が並ぶ。その目的条項には、「委員会が定義する土の建築遺産、すなわち焼成されていない粘土/土質材料で構築された建築的、考古学的、文化的景観の遺産について、その理解、保護、保存、管理に関する研究と普及を推進する」とある。
ISCEAHが支えるTerra集会は、おおむね3年のインターバルを目途に世界各地で開催されており、筆者はヤズドに回帰した第9回(2003年)では日本による日乾煉瓦遺跡の調査成果を、マリのバマコで開かれた第10回(2008年)ではシリアの日乾煉瓦造文化遺産の事情を紹介したことがある。以来、この集会からは遠ざかっており、その間、2022年にはニュー・メキシコで第13回集会が開催されている。第14回の開催については若干の混乱がある。報じられている範囲では、今年6月にエクアドルのクエンカ大学で開催されると喧伝されていたが、何らかの事情で2028年まで延期することでISCEAH理事会も了承したという。代わって2026年4月、アブダビの文化遺産観光局が主催しアル・アインで第14回は開催されることになった**。残念ながら発表の申込期限は過ぎてしまったが、メイン・テーマはManaging Change in Earthen Cultural Landscapes とのこと。
2.さて、ISCEAH本体では、組織が依って立つべき憲章の策定が入念に進められている。今年3月、ISCEAH年次集会において中間的な報告***が公表されているので、それに従って憲章案の現況を紹介したい。報告によると、憲章策定の準備は2022年のTerra集会の折、ISCEAH前委員長のMariana Correia氏を主査とするタスクフォースを設置したことに始まる。メンバーは世界8地域の代表者。残念ながら筆者はここには関与していない。2023、2024両年の本部諮問委員会AdComに経過報告が示され、25年3月に第2次草案、6月には、より整理された第3次草案がタスクフォースによってまとめられた。広くICOMOS会員にも意見を求め、Infoニュースでもこの草案は公開されている****。現在もまだ推敲中と伺っているが、今年10月の年次総会に合わせて開催される諮問委員会で了承を諮り、来年の総会では最終決議に盛り込むことを想定している。
この第3次草案の概容は以下の通り。
1~4前文:土の建築遺産は最も普遍的で多様な文化的表現であり、建築文化や景観に影響を与え、共同体社会の文化的慣行や生活様式を体現する。この遺産は脆弱化が進むとともに、その保存は文化的アイデンティティの保護、コミュニティの結束、持続可能建築の推進に重要である。土の建築遺産には職人や地域コミュニティ、先住民族の歴史と生活が内在し、彼らの日常的実践がまたその建築や生活の様式を支える。
5対象:この憲章はコミュニティ、研究者、政府・非政府機関などに向けられたもので、これまでのTerra集会の成果、及び過去の理論的文書に基づく。
6目的:土の建築遺産に関する定義の確立。この文化独自の価値と重要性の認識。地域に根差したアプローチの強調。保存に関する指針の確立。
7~8定義:土の建築遺産とは、主要な建材として土を用い、付随する知識と実践を体現した構造物ないし遺跡群をいう。性能向上のため動植物、鉱物成分を含むことが多い。異なる文化圏や時代を超えて存在し、地域固有の用語体系を示す。この遺産は集合的な文化的表現であり、その知識や技術の実践は絶えず変化しつつその土地の精神を体現する。それらの理解は地域の文化的アイデンティティの保護と持続可能な開発において重要。
9価値と創造:土の建築遺産の重要性は、その価値の範囲と規模、完全性と真実性によって決まる。本憲章は以下の価値を強調する:a)建築文化 b)場所の精神 c)文化的証言 d)持続可能性。
10憲章の原則:指針となる以下の原則を示すとともに、将来の具体的保存指針の必要性を認める: 1)有形無形の重要性と確実な保護措置 2)価値の保存と適切な技術による文化的継続性の確保 3)包括的調査による遺産の重要性の評価 4)地域社会参加型アプローチによる長期的な保存 5)現在と歴史的意義の学際的手法による包括的記録 6)包括的なリスク評価と計画、長期戦略に基づく予防的保存の実施 7)地域の建築文化の知識と実践を優先しつつ、最小限の介入により安全と価値を確保 8)現代的課題の中、地域的建築文化の特性を重視した人養成 9)持続可能な建築手法の発展を見据え、適切なアクセス可能な資源を通じた保存手法に関する知識の普及。
以上、現時点での土の建築遺産委員会の憲章案を要約した。この策定作業は、ISCEAHの有志によって進められているが、他方、上位にあたる諮問委員会では、各委員会等公的な機関から発せられる文書の類別と承認プロセスの厳格化を図る動きが進められており、間もなく始まる年次総会では諮問委員会の重要議題とされる見込みで、「憲章Charter」の承認についてはひときわ注目されるものと思われる。ISCEAHではそうした動きを横目でにらみながら、作業が大詰めを迎えようとしている。
*https://isceah.icomos.org/ **http://terraalain2026.ae
*** 2025年3月12日会議資料Update on the Charter Proposal for the Conservation of Earthen Architectural Heritage
****イコモス本部ニュース6月3日付 “ICOMOS INFO MEMBRE n°110” または本部発7月7日付 [natcom] Reminder