ICOFORT-NSC「近世東アジアの城郭を比較する」開催報告
ICOFORT-NSC「近世東アジアの城郭を比較する」開催報告
ICOFORT-NSC Seminar "Castles and Fortifications in Early Modern East Asia Comparison: among China, Korea and Japan"
佐藤 桂 Katsura SATO

ICOFORT(国際城砦軍事遺産専門委員会)に所属する日中韓の専門家が共同で進めてきた城郭比較研究・用語集作成作業の一環として、ICOFORT国内学術委員会(ICOFORT-NSC)が主催する国際セミナー「近世東アジアの城郭を比較する」が2025年7月26日、石川県教育会館(石川県金沢市)で開催された。以下ではICOFORT-NSC主査の三宅理一氏に代わり、その概要について報告したい。
なお、この枠組みでは2024年11月1日に韓国・ソウル市庁舎を会場として、城郭施設・ミリタリー・ヘリテージをテーマとした国際会議「アジア大洋における城郭の比較アプローチ(Comparative Approaches to Fortifications in the Asia-Pacific)」が開催されており、これについては本誌2024年春号に大田省一氏による参加報告がある。併せてご参照いただければ幸いである。
本セミナーの開催にあたり、韓国より趙斗元氏(国際ICOFORT委員長)、金英洙氏(ソウル大学校教授)、李和鍾氏(漢陽大学校博物館研究助教授)、中国より呂海平氏(瀋陽建築大学教授)及び御夫君が来日し、金沢市内に滞在した。同じく中国から来日予定だった周源氏(南京市城墻博物館研究所所長)は諸事情によりこれが叶わず、オンラインでの参加となった。日本側からは三宅理一氏(谷口吉郎・吉生記念金沢建築館館長、ICOFORT国内委員会主査)をはじめ、矢野和之氏(日本イコモス国内委員会事務局長)、中井均氏(滋賀県立大学名誉教授)、麓和善氏(名古屋工業大学名誉教授)、大田省一氏(京都工芸繊維大学准教授)、岡崎瑠美氏(芝浦工業大学准教授)と筆者(武蔵野大学准教授)が参加した。
7月26日午前は石川県金沢城調査研究所所長の冨田和気夫氏のご案内で、金沢城内を視察した(写真1)。公益財団法人金沢文化振興財団前田土佐守家資料館学芸員の岡野有里香氏や、金沢工業大学の学生たちなども参加した。日本の城郭の大きな特徴であり、金沢城跡の見どころの一つでもある石垣について、玉泉院丸庭園を中心に具体的に解説いただいた。表面の凹凸や未加工の箇所をあえて残す石垣(写真1)や、縦使いの巨大な石材の配置が美しくデザインされた色紙短冊積石垣(写真2)など、防御施設でありながら「見せる石垣」として意匠が凝らされている点は、特に外国の専門家たちには印象的だったようである。昨年元日の能登半島地震で被災した石垣の復旧工事についても説明があった。その他、門塀に仕込まれた様々な防御的工夫にも注目が集まった(写真3)。


同日午後は一般公開のセミナー「近世東アジアの城郭を比較する」が開催され、会場には谷口吉郎・吉生記念金沢建築館と金沢市の関係者、国宝天守をもつ自治体関係者のほか、多くの一般の方々にもお集まりいただいた。趙斗元氏からの開会挨拶(写真4)に続き、三宅理一氏より「漢字文化圏における城郭の様相」と題した基調講演(写真5)が行われ、本セミナーの主旨や日中韓城郭比較研究のこれまでの成果が示された。続いて、中国から呂海平氏による「清時代の城墻と国土防衛思想」、日本から筆者による「近世軍学書から見る城郭と備え」、韓国から金英洙氏による「朝鮮王朝期の軍制ならびに築城の特質」の3本の講演があり、城郭をめぐる日中韓の思想や制度、施設、用語等に関する事例紹介が行われた。前半の最後には午前に金沢城内をご案内いただいた冨田和気夫氏から「加賀藩における築城ならびに石垣普請について」と題して、調査を踏まえた技術や材料等に関する詳しい報告がなされた(写真6)。



休憩を挟み、後半のパネル・ディスカッションでは、大田省一氏をモデレーターとして、趙氏、岡崎氏、中井氏、麓氏、矢野氏が会場前方に並び、前半の内容も踏まえた意見交換が行われた(写真7)。パネラーがそれぞれ各自の視点から本日の発表内容に関してコメントしたうえで、日中韓における城郭の役割や政治との関係を比較しながら、軍事の学問化という、理論と実践に跨る議論など、限られた時間の中で新たな視点も得られた。また、趙氏からは午前に見学した金沢城の印象について、ミリタリー・ランドスケープという観点から、ヨーロッパの世界遺産の事例も挙げながらコメントをいただいた。以上の内容については議事録をまとめたので、ぜひご覧いただきたい。

翌27日は、場所を金沢学生のまち市民交流館に移して、これまで継続的に取り組んできた日中韓城郭用語集作成のための作業会議が行われた。ここは金沢市内の繁華街である片町の裏手に位置し、学生と市民の交流拠点として整備された公共施設であり、金沢市指定保存建造物である大正時代の町屋を改造した「学生の家」と、料亭の大広間の部材を再利用して新築された「交流ホール」からなる。作業会議は交流ホールで終日行われ、目次案の検討の途中で時間切れとなった。

以上が26日、27日の概要だが、両日とも谷口吉郎・吉生記念金沢建築館の全面的な協力のもとに行われ、金沢工業大学の学生たちにもお手伝いいただいた。本稿で使用した26日の写真は前田土佐守家資料館の岡野学芸員のご好意でご提供いただいたものである。記して感謝申し上げるとともに、今後もさらに協力連携し、研究を進めていきたい。なお、セミナーの様子は27日の地元紙(北國新聞朝刊)に掲載されたことも、併せてご報告したい。
(武蔵野大学)