「21世紀における文化遺産のための第2回ナポリ会議」の報告
「21世紀における文化遺産のための第2回ナポリ会議」の報告
Report on the Second Edition of the Naples Conference on Cultural Heritage in the 21st Century
上北 恭史 Yasufumi UEKITA

2025年6月4日から6日にかけ、イタリア政府とユネスコの共催により、イタリアのナポリ市で第2回ナポリ会議(Second Edition of the Naples Conference on Cultural Heritage in the 21st Century)が開催された。本会議は、2025年9月にスペインで開催される予定の「文化政策と持続可能な開発に関する世界会議(MONDIACULT 2025)」への議論に繋がることを目指したものであった。
会場はナポリ市中心にあるカプアーノ城(Castel Capuano)内の控訴院の間で行われ、「有形文化遺産と無形文化遺産の交差点において、文化遺産の保護効果を向上させるための実践的な取り組み」について議論が交わされた。これは、二つの異なる遺産概念をいかに統合し、より効果的な保護と活用を実現するかという、現代の文化遺産保護における喫緊の課題への対応を示すものである。会議には専門家を中心に70か国から約300名の参加者があった。
会議の冒頭で、2023年の第1回会議で提唱された「ナポリの精神(Spirit of Naples)」の理念が、改めて確認された。この理念は、人間を中心とした包括的なアプローチを重視し、文化遺産保護におけるコミュニティの役割を高く評価するものである。会議では、有形遺産と無形文化遺産を融合させた保護および活用に関する具体的な事例が共有され、今後の行動につながる実践的なガイドラインの提案を目指すことが示唆された。これらの成果は、来る「文化政策と持続可能な開発に関する世界会議(MONDIACULT 2025)」への重要な提言につながっていく。本会議で示されたのは、世界遺産が単に登録し保存するだけでなく、未来に向けて発展していくべきものであるという考え方である。これは無形遺産や水中遺産にも共通する原則とみなされている。
会議は、1) ナポリの精神、今日と明日、2) 代表性のための連帯、3) 文化遺産の経済的側面:権利に基づくアプローチへの移行、4) 私たちの遺産:コミュニティとユネスコ世界遺産サイトおよびその要素との連携喪失の防止、5) 登録を超えて:コミュニティの参加の促進と無形・有形文化遺産の保護・活用の強化、6) 文化遺産が危機に直面:危険状態か、緊急の保護措置が必要か?、の6つのセッションに沿って進められた。
それぞれのセッションでは、3名から5名のパネリストによって各10分程度の口頭で保存活動や調査の事例が報告され、ユネスコ職員のモデレーターの進行によって議論が交わされた。事例報告では、視覚資料(パワーポイントや配布資料)の提示がなかったため、事例の詳細や具体的な状況把握には限界があり、多くの専門家が聴衆として参加していたことを踏まえると、具体的なエビデンスに基づく把握ができなかった点が残念であった。
しかしながら、全セッションを通じて以下の2点が共通の主要な議論テーマとして浮上した。
・統合的アプローチ: 1972年の世界遺産条約(有形遺産)と2003年の無形遺産条約が、いかに有機的に関連し、統合的なアプローチをとるべきかという点。
・コミュニティの主体的役割: 無形遺産の担い手である人およびコミュニティが、有形・無形遺産の保存および活用において、主体的に扱われるべきであるという考え方。
ここで議論された「無形遺産」の概念は、芸能や技術に留まらず、伝承、習慣、文化的空間といった広範な領域を指し、場合によっては保存の対象としてだけでなく、有形遺産の保存・活用におけるステークホルダーとしての日常生活を含む幅広い活動も対象として語られた。
ナポリ会議で示された方向性として、これらの議論の基底となる概念として「コミュニティ」と「無形遺産」が想定される。有形・無形遺産の保存、継承、活用において、遺産に関わるコミュニティの活動は不可欠である。遺産とコミュニティ、コミュニティ間の連携および利害調整は、遺産保存の方法論として、この有形と無形の統合的アプローチの側面として積極的に取り込まれる必要がある。
ツバルからのパネリストから、温暖化による海面上昇のために国土が水没する危機に直面していることが報告された。国民の移住先の計画や無形遺産の次世代への継承などが進められているが、文化を継承してきた土地を失い、民族が散逸することになった場合、それまで継承されてきた文化の拠り所について、どのように考えていけばいいのか、という疑問が投げかけられた。気候変動は文化が継承されてきた環境やコミュニティを破壊する可能性がある。失われる環境から切り離されてしまう文化や、散逸を余儀なくされるコミュニティにとって、どのように文化を保存・継承していけばいいのか。温暖化による環境への影響は、自然環境への影響だけではなく、文化の継承にも警告を与えている。
今回の会議における議論では、コミュニティ間の関係構築、利害調整、そして遺産を活用した開発目標を提示する組織の活動についても報告された。これらはNGOやNPOといった専門家集団の形態をとり、遺産保存と経済活動を自律的に調整しているようである。文化的権利、AIに代表されるデジタル情報の管理、文化遺産を核にした経済開発、気候変動対策、遺産の危機的状況への対応など、今後の文化の保存と継承のために、国際機関や行政機関とともに現場に関わっているコミュニティによる役割が強く期待されている。
(筑波大学芸術系)