日本イコモス奨励賞によせて : 日本における木造建造物の継承思想の特質と保存に関する一連の調査・研究と著作
日本イコモス奨励賞によせて : 日本における木造建造物の継承思想の特質と保存に関する一連の調査・研究と著作
On the Occasion of Receiving the ICOMOS Encouragement Award : A Series of Investigations, Research, and Publications on the Characteristics of the Philosophy of Succession and the Conservation of Wooden Architectural Heritage in Japan
海野 聡 Satoshi UNNO

この度は栄えある賞をいただいたこと、身に余る光栄である。内容は拙著を手に取っていただくこととして、ここでは本研究の着想に至った経緯を中心に、かいつまんで紹介したい。
日本建築史の道に踏み入れた時点から、当時の最先端である高級建築をつないで歴史を紡ぐ手法に違和感を覚えていた。同時に畿内を中心とする先端地域に対する地方、さらには大陸に対する日本という観点で、技術の伝播と在地の技術との融合という視点に興味を持ったのである。また一時代に一様式を基本とする西洋建築史との比較の中で、重層的な日本建築の特質、とりわけ最先端ではなく懐古的な手法をとるという特徴に惹かれた。
そして建造物はその長い存続期間に比して、建設時のみへの着目にも疑問を持った。とりわけ古代建築に興味を持ち、高級建築以外にも都城・宮殿・官寺などの諸施設を大量に造ったトップダウンの社会体制にも興味を持っていたから、その大規模な維持の思想に目を向けるのは自然な流れであった。私のスタンスとして建築学の中の日本建築史ではなく、歴史学のなかの日本建築史と位置付け、根源的に時間を動かしながら歴史を捉えるという視座が大きく影響している。
こうした視点から、そこには受け継ぐということを本質に据え、そのためには寛容さをもった手法を許容し、それぞれの時代に人々の叡智を込めた修理がなされた様子がありありと見えてきた。さらには物質的に受け継ぐことだけではない継承の在り方まで見えてきたのである。そして継承の思想自体も不変のものではなく、時代ごとに問われ続けてきたこと、そして応じて変化し続けてきたことが明らかになってきた。
翻って、20世紀以降の文化遺産保護を見ると、改変が著しく制限されてきており、長い歴史軸で見れば、極めて特異な状況にある。ルールに当てはめることに終始するのではなく、本質的な課題に対して、目指すべき理念を構築し、ルール自体を問い続けることの必要性が実感されるのだ。
さて、これは文化遺産に限らず、社会全体でも同じことが言えないだろうか。ルールのもととなる理念をないがしろにし、うまくルールのなかで立ち回ることに腐心していないだろうか。文化遺産は我々の社会に対する姿勢まで見透かしているように感じるのである。