日本の木造建築保存に関する活動
日本の木造建築保存に関する活動
Activities related to the preservation of wooden structures in Japan
海野 聡 Satoshi UNNO

近代以降、日本木造建築の修理理念や手法の開発がなされてきており、古社寺保存法の頃の試行錯誤を経て、国宝保存法以降、とりわけ法隆寺の昭和修理の手法は、現代まで続く修理手法につながるもので、専門の修理技術者による修理、解体修理、写真や図面による記録、修理工事報告書の刊行など、特筆すべきものは多い。戦後の文化財保存法以降も、技能者という無形の技術への配慮や木材確保のための森の育成など、文化遺産そのものではなく、周辺領域への拡大に努め、世界でも先駆的な理念を打ち立ててきた。
こうした戦後の日本の文化財建造物修理の歴史のなかで、伊藤延男先生は文化庁文化財保護部建造物課長・文化財建造物保存技術協会理事長など、その中心で活躍されてきた。国内にとどまらず、とりわけ日本の修理方法を海外、主に欧州に向けて説明することに腐心され、奈良文書による木造建造物の修理に関する多様性の許容によって、日本の修理手法も世界的に認められた。その背景にはKnut Einar Larsenによる”Architectural preservation in Japan”があり、その執筆のための修理現場訪問に伊藤先生が協力したことは良く知られている。日本の修理手法を外国人の手で英語発信するということの必要性を強く意識されていたのであろう。翻って、近年の我々は深く自省するばかりである。
さて個人的なかかわりを記させていただくと、古代建築や発掘遺構に関してご指導いただいたのが鈴木嘉吉先生とすれば、現存建築の修理や海外への関心を開かせてくれたのが伊藤先生である。私が大学院生の頃、現存建築に用いられている大径長大材に関する研究をお手伝いすることになり、伊藤先生のご指導を受ける機会を得た。おもに修理工事報告書からのデータ収集であったが、月に一度、本郷の一室で修理工事報告書を前に、技法はもちろん、樹種や修理指導の立場でのお考えなどに触れる貴重な時間であった。無知ゆえの不躾な質問を伊藤先生に投げかけていたこと、そして丁寧にご教授いただいたことを鮮明に覚えている。そこで培われた部材から建築や修理を見る、森林を通して建築を見るという視座は私の血となり、肉となっている。
その後、奈良文化財研究所に奉職して数年がたったころ、伊藤先生からイコモスの活動に参加してみないか、というお誘いを受け、今に至る。最晩年まで現場に足しげく通われており、私が2013年度に従事していた薬師寺東塔の解体修理現場にもお見えになった。お年のため、足元もおぼつかない様子でいらっしゃったが、若き日の調査・研究を検証する機会と目を輝かせていらした。ここでも同一断面の肘木が長尺の同一木から切り出されている可能性があるのではないかという私の説に対し、面白いと興味を示していただいたが、今なお宿題のままで恥ずべき限りである。
2013年には姫路の会議において、当時IIWC会長であったタンポーネ氏に対して、解体修理をはじめとする日本の修理を説明することに尽力され、日本の修理手法に対する疑義に対し、敏感に反応し、その独自性と正当性の主張に努められた。ややもすれば、受け身になりがちな日本の気質にあって、適切な目配せと自衛の必要性を行動で示されたのである。
木造建築の修理に関する幅広い視野は、次世代の文化遺産の継承にとっても、道筋を示すもので、ふるさと文化財の森に代表される育林との関わりを含めた持続可能な修理の在り方は、世界的にも注目されている。私自身、伊藤先生に及ぶべくもないが、その大恩に報いるべく、日々、真摯に文化遺産と向きあっていきたい。
(東京大学)