能登半島地震を受けた文化財建造物の被害の調査結果について
能登半島地震を受けた文化財建造物の被害の調査結果について
Survey Results on Damage to Cultural Heritage Buildings Caused by the Noto Peninsula Earthquake
西岡 聡 Satoshi NISHIOKA

1. はじめに
令和6年能登半島地震発災より1年半が経過した。文化財の被害は甚大であり、特に奥能登の被害が著しい。国宝・重要文化財建造物で被害が比較的軽微なものは災害復旧事業を実施中であるが、奥能登の被害の大きかった民家は土砂撤去などの応急対応や解体格納等が一部で開始され、ようやく復旧に向けた動きが始まろうとしているところである。
復旧にあたっては地震被害の原因を分析し、再び同じ被害を生じないようにする必要がある。今回耐震補強済の文化財建造物が倒壊するという事態を受けて、文化庁では専門家による協力者会議を設置し原因分析を行った。本稿では、その調査結果概要について報告する。詳細は文化庁の事務連絡[「令和6年能登半島地震における文化財建造物の耐震対策に関する調査結果について」(文化庁文化資源活用課事務連絡 令和7年4月2日)]を参照いただきたい。
2. 調査の方法と着目点
今回の地震では、耐震補強済の文化財建造物としては輪島市黒島の重要文化財旧角海家住宅主屋と、輪島市門前町の登録有形文化財總持寺祖院の禅悦廊、白山井戸が倒壊した(写真1)。輪島市町野町の上時家住宅主屋も倒壊したが、これは未補強であり耐震補強済の時国家住宅は大きく傾斜したものの倒壊を免れた。また、旧角海家住宅周辺の重要伝統的建造物群保存地区の輪島市黒島でも多数の伝統的建造物が被害を受けており、これらの被害調査と分析を、地震力の大きさはどうだったか、耐震補強設計がどうだったか。現在の方法で実施したらどうかという視点で行った。
3. 地震力の大きさ
今回の地震は、能登地方の広い範囲で震度6強以上の地震動が多数観測された。輪島、走出、穴水の観測点(JMA輪島、JMA走出,K-NET穴水)で観測された地震波は、木造建築の固有周期に近い周期0.5~3秒くらいの成分が大きく、木造建築の被害を大きくした可能性がある。
今回調査対象とした地点そのものの地震波の観測点はないが、總持寺祖院や旧角海家住宅に近いJMA走出で観測された地震波は周期0.5~3秒くらいで設計用地震動の加速度応答を大きく卓越していた。既往の地盤調査や微動測定、S波速度の調査結果と比較すると、總持寺祖院の地盤は走出とほぼ同等かそれより軟弱である可能性があり、旧角海家住宅はやや硬いものの、黒島北半の地区に近い軟弱地盤である可能性がある。よって、襲った地震そのものが特に長周期が設計用地震動より大きかった可能性が高い。
一方、旧角海家住宅、總持寺祖院禅悦廊は、設計当時の考え方に基づく設計時の地盤種別、地盤増幅率・地震地域係数の設定により、地盤が比較的良好な場合に近い地震力に対する補強設計となっていた。旧角海家住宅は杭基礎を支持地盤まで設置していたことから良好な地盤である第一種地盤と同等とみなしており、總持寺祖院禅悦廊も、同程度の地震力と設定していた。
これらにより設計時に想定した地震力より大きな地震に見舞われた可能性が高く、補強量が不足し倒壊に至ったと考えられる。
地盤種別や加速度増幅率、地震地域係数は地震力に直結するため、地盤調査や最新の知見を参考に適切に設計する必要があり、基礎の改良をしても必ずしも地震力を減らせるわけではないことも留意すべきであろう。
4. 複雑な形状の建物のモデル化
伝統的建造物に用いられる一般的な耐震設計法である限界耐力計算法は、建物全体が一体的に揺れることを前提として行われる。しかし、黒島地区に多く見られる建物は本体から角屋的に座敷を突出させたり、下屋を付したり取り込んだりしているものも多い。旧角海家住宅主屋も二階建の主体部に平屋建の座敷、離れ、下屋が取り付いた形で、地震時にはこれらが一体的でなくばらばらに挙動し、結果的に壁の少ない主体部や離れが倒壊したとみられる(写真2)。これを防ぐには、立体フレームによる詳細な検討あるいはゾーニングによる補強の分散配置、水平構面の補強や接合部の一体化などが必要であろう。

5. その他、被害に繋がる恐れのある項目と留意点について
黒島地区やその他地域の主に住宅系の建物で、柱が小壁位置で折損している事例が多数見られた(写真3)。当地域の建物は座敷など開放的な平面を持つ割に小壁がしっかり土壁や貫で固められており、大きな差鴨居で柱間を飛ばしているものも多い。そのため、柱が折れやすいと考えられる。柱の折損の有無をチェックし、十分な補強を行う必要がある。

また、補強済のものでも、合板やボード壁の釘止めが少なくて壁そのものが脱落したり、逆に鋼棒ブレース補強壁が効きすぎて周囲の柱を破壊したものもみられた。總持寺祖院の回廊の補強に用いられた仕口タイプ粘弾性ダンパーでは、大変形に至った物の中に柱に貫穴による断面欠損があり、柱が折れるなどの破壊性状が見られた(写真4、5)。補強材は、特性を正しく認識して適切に設計施工する必要がある。


修理が十分に行えていないものなどは、構造劣化を反映した性能評価を行う必要があること、また地震力が大きかったことを意識すると、構造特性や診断の精度に応じて適切な余裕度を持った設計をするなども意識する必要がある。
6. まとめ
今回の被害の主要因は、上記のような理由により地震力が設計時の想定より大きかった可能性が高いと考えられる。
2016年の能登半島地震後の災害復旧時に補強されたものであるが、当時は文化財建造物の耐震診断指針や伝統建築に関する耐震マニュアル等が出そろって間もない頃であり、当時の手法や考え方からはやむを得ない部分もあったと考えられる。
その後、指針やマニュアルは改訂更新を重ねており、実際に現場で実施されている診断、補強も日々改良を重ねているところである。したがって、これらの知識を日々アップデートし、建物個別の特徴を正確に把握した上で個別に適切な対応を行うことが重要と考えている。これらを周知するため、文化庁では7/16に講習会の開催を予定している。文化財建造物の耐震対策に係る講習会 募集案内
なお、今回の調査は既往の情報や現地目視調査を元に行っており、これからようやく本格化する各サイトでの災害復旧事業では、詳細な原因分析と対策を立てることが必要である。
複数回の大地震や豪雨に見舞われた地域であるが、せめて再びの地震や災害に対しては憂いを減らせるように、出来うることはきちんと対策していくのが設計者、施工者などの技術者、研究者、行政関係者の務めであろう。
(文化庁)