日本イコモス国内委員会の提言をレビューする


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日本イコモス国内委員会の提言をレビューする

Reviewing the Recommendations of the Japan ICOMOS National Committee

横内 基 Hajime YOKOUCHI

写真1 地盤の隆起によって塩田から遠くなった海
写真1 地盤の隆起によって塩田から遠くなった海

被災文化財支援特別委員会では、発災直後から継続的に文化財の被害状況や復旧の動向を注視してきた。被災地の現状を踏まえ、2024年5月には日本イコモス国内委員会から「2024年能登半島地震で被災した文化財の復旧に向けた提言」を発出し、主に以下の4項目の提言を挙げている。本稿では、発災からの1年半を振り返るとともに、これらの提言に関する現状や課題を検証する。

  1. 被災文化財等復旧復興基金の創設
  2. 各自治体からの被災文化財に対する復旧復興方針の表明
  3. 文化財の修理等に精通した人材の派遣と連携
  4. 生活と文化的価値が共存する地域での伝統産業再生・継続の重要性

1. 被災文化財等復旧復興基金の創設

石川県では、2024年6月に令和6年能登半島地震復興基金(以下、復興基金)の創設が発表され、9月にその具体的な配分が発表された。被災文化財の復旧支援については、復興基金の枠組みの中に石川県文化財等災害復旧事業が設けられ、個人等の民間所有の被災文化財の修理にあたり、国や県、市町の既存の補助制度に加えて、それらによる補助残額の所有者負担の2/3を支援することが示された。さらに、文化財への指定や登録はないものの、市町が一定の歴史的価値を認める建造物・動産(社寺は除く)についても、所有者負担の1/2を支援することが示された。

民間からの寄附金やふるさと納税制度、クラウドファンディング等を原資とする文化財の復旧を対象にした基金などは無いが、被災文化財所有者や関係団体・機関によるクラウドファンディング等が行われ、それらによる寄附が個人負担の軽減に使われている。

復興基金では未指定文化財の社寺が支援の対象外だが、登録有形文化財とすることを前提とする建造物、いわゆる「みなし登録」であれば未指定の社寺に対しても復興基金から登録有形文化財と同じ補助を受けることが可能である。そのため、現時点でまだ実例は無いものの、各地に歴史的価値の高い社寺が点在する能登地方において、その価値を適切に認め復旧していく方法として有効になり得る。

ここで、復興基金以外の支援メニューをいつか紹介する。

令和6年能登半島地震 文化財復興緊急支援事業

文化庁が2024年3月から開始した官民共創による寄附促進事業「文化財サポーターズ」の一環として、(公財)文化財保護・芸術研究助成財団等と共に、「令和6年能登半島地震 文化財復興緊急支援事業」を実施した。文化財を元に戻すだけではなく、その魅力をより一層伝える工夫に取り組むことで、個人・企業と文化財との新たな関係性を作り文化財のサポーターを増やすことを目指す意欲のある所有者を支援する寄附を原資とする助成事業である。2回のクラウドファンディングと文化財サポーターズ運営事務局への直接寄附により、2025年2月末までに1389万円の寄附金が集まった。支援を希望する文化財所有者を募集し、審査委員会による審査により、白山神社/黒丸家住宅(珠洲市・国指定重要文化財)、中谷家住宅(能登町・国指定重要文化財)、旧田中家住宅(射水市・国登録有形文化財)への支援が決定した。

文化財防災救援基金

文化財防災センターでは、2023年3月に「文化財防災救援基金」を立ち上げ、災害発生時の緊急対応から復興時の支援まで、幅広く文化財の災害対応を実施するための寄附による財源確保に励んできた。しかし、その備えが十分では無い中で被災地で迅速かつ柔軟に救援活動を行うための寄附として、クラウドファンディング(文化財防災・救援プロジェクト)を2025年3月11日~6月9日の期間で実施した。2025年6月9日の終了時点で762万円の寄附が集まった。

ワールド・モニュメント財団(WMF)

国や文化の枠を超え、歴史的建造物などの文化遺産を保護・保存することを目的に非営利民間組織として活動しているワールド・モニュメント財団(WMF)は、2011年東日本大震災や2016年熊本地震の時も被災した文化遺産の復旧を支援したが、七尾市「一本杉通りの歴史的景観」と輪島市門前町黒島「若宮八幡神社」の復旧・保存活動にそれぞれ20万ドルの支援を行うこととなり、2025年5月21日に発表された。

能登復興応援基金

吉川晃司氏や布袋寅泰氏らによるロックユニット「COMPLEX」が2025年1月21日に12.8億円を石川県に寄附し、これを契機に企業等から寄せられる寄附金の受け皿として石川県が「能登復興応援基金」を創設した。この基金を活用する「能登復興支援事業(災害を乗り越え能登の未来を創る先導的な取り組み)」として、令和6年能登半島地震及び令和6年奥能登豪⾬で甚⼤な被害を被った能登の被災地における復興⽀援に関わる次の取り組みについて助成する第一次公募が2024年度末まで行われ、253件の応募があった。採択事業は未だ発表されていないが、今後も文化財の活用や伝統産業の継承などに有用な支援になり得る。

(公募テーマ)

  1. 漁業など能登の特色ある1次産業の再興
  2. 能登が誇る伝統文化や地場産業の活性化
  3. 子どもたちの心身の健やかな育成や、全世代的な学び、活動・交流の拠点づくり
  4. その他、能登の復興に寄与する取り組み

令和7年度石川県文化財保存修復促進事業

(公財)いしかわ県民文化振興基金では、「令和7年度石川県文化財保存修復促進事業」で、石川県文化財保存修復工房を利用した文化財の修復事業への助成を行っている。登録有形文化財や未指定の建造物についても復興基金からの補助が予定されている場合は対象となり、建造物の建具などの修復に活用できる。

その他

その他にも、文化財を活用した事業者にとっては、中小企業庁による「なりわい補助金」や「伝統的工芸品産業支援補助金」、「小規模事業者持続化補助金」などの活用も有効になり得る。

2. 各自治体からの被災文化財に対する復旧復興方針の表明

石川県では、令和6年能登半島地震からの創造的復興に向けた道筋を示すため、2024年6月27日に「石川県創造的復興プラン」を発表した。この中で祭りや文化財の再建も大施策の一つに位置付けられ、祭りの再開支援、被災文化財の早期復旧、無形(民俗)文化財の再建と継承、埋蔵文化財の適切な保護、輪島漆芸技術研修所の早期再開、地震による石垣の被災・復旧に関する調査研究、被災した石垣の復旧が施策として示された。また、先に記したように2024年6月に令和6年能登半島地震復興基金の創設が発表され、9月にその具体的な配分が発表された。

輪島市の黒島伝建地区に着目すれば、市は2024年6月の補正予算案に修理事業として3億4千万円を計上し、同月21日に予算案が議会で可決された。伝統的建造物(特定物件)の修理では費用の9割(上限1500万円)を、耐震補強費も9割(上限500万円)を市が補助し、残りの個人負担分の2/3を復興基金から補助されることとなり、個人負担を極力小さくする枠組みができた。住民には、2024年の4月・6月・11月などに説明会を開催し、市や建築構造調査チームらによる説明が行われた。

国指定重要文化財(建造物・美術工芸品)等の災害復旧事業については、激甚災害により個人が所有する文化財が被災し、事業予定総額が相当高額で個人の負担が相当困難と認められ、対象となる文化財の活用見込みがある場合に、補助対象経費の90%を上限(従前は上限85%)として補助率を加算できるように要項が改正された。奥能登では上時国家住宅・時国家住宅・中谷家住宅など個人所有の国指定重要文化財民家が激甚災害で被災しており、こうした所有者に寄り添った力強い支援である。

3. 文化財の修理等に精通した人材の派遣と連携

2011年東日本大震災や2016年熊本地震と同じように、能登半島地震においても文化財レスキューや文化財ドクターの活動が進められている。それぞれのしくみや活動内容については、被災文化財支援特別委員会が監修したEARTHQUAKE DISASTER PREVENTION OF CULTURAL HERITAGES -EXPERIENCE AND DEVELOPMENT IN JAPAN -(日本イコモス国内委員会刊行物)を参照されたい。石川県が2024年1月25日付けで被災した文化財等に関する救援要請を文化庁に提出したのを機に、国立文化財機構は令和6年能登半島地震被災文化財等救援事業、被災建造物復旧支援事業の事業実施を文化庁より受託した。これを受けて、国立文化財機構では令和6年能登半島地震被災文化財等救援事業(文化財レスキュー事業)と令和6年能登半島地震被災建造物復旧支援事業(文化財ドクター派遣事業)について、文化財防災センターを事務局として開始することを2月9日に発表し、2月13日に事業実施のために令和 6 年能登半島地震被災文化財等救援委員会と令和6年能登半島地震被災建造物復旧支援委員会が開催された。その後、文化財ドクター派遣事業は、3月から富山県と石川県の状況が整った地域から1次調査(目視による被害調査)が順次開始された。今回のドクター派遣事業では、1次調査と同時に2次調査(破損状況の簡易調査・野帳作成)の依頼も多く寄せられたことから、東日本大震災や熊本地震での事業と異なり、1次調査と並行して2次調査も進められた。その後、3次調査(平面図・簡易修理案・概算見積作成)を2025年3月から着手し、5月から本格的に稼働している。

茨城県桜川市真壁伝建地区では、2011年東日本大震災により伝統的建造物の8割以上が被災した。重伝建地区に選定されて8ヶ月後のことで、伝建地区制度による修理経験も無いなかで被災したため、全国伝統的建造物群保存地区協議会に技術協力を要請し、亀山市、金沢市、鹿島市、萩市、うきは市、大田市がこれに応えてリレー方式で技術者が派遣された。これは平時からの繋がりが奏功した事例と言える。一方で今回の災害で甚大な被害を受けた輪島市黒島伝建地区や県及び市町において、他の自治体からの短期的な調査等の支援はあっても連携プレーは無かったと思われる。こうした支援を得るためには、受入れる側の上手なコーディネートも必要となるため、それが整っていなければならない。文化財に携わる行政担当者が平時から災害時に起こり得る事態を予想し、その事態への対応方針を考え、体制をつくっておくことが次の災害に向けた教訓として挙げられる。

一方で、輪島市黒島伝建地区では、黒島みらい会議と日本都市計画家協会による黒島地区復興支援共同事業体や大学の建築構造研究者チームによる復旧に向けた技術支援や相談等が、市と連携して進められている。文化財に携わる行政担当者の中には、文化財建造物に関する知識や経験が無い職員も多い。全ての自治体に建造物を専門とする文化財職員を配置することが望まれるところだが、自治体が抱える事情もある。その際に有効になるのが、黒島伝建地区で活動しているような専門的な知識や経験を持つ民間の支援チームである。災害時に行政職員だけでは手が回らない状況において、こうした民間支援チームを上手く活用することが、行政担当者の負担軽減、復旧に向けた迅速な対応、被災住民の安心等に繋がるため、その面でも先に述べた行政において非常時にコーディネートできる人材を確保しておくことが必要とされる。

4. 生活と文化的価値が共存する地域での伝統産業再生・継続の重要性

石川県では、「石川県創造的復興プラン」において、能登が創造的復興を成し遂げるため以下の4つの施策の柱に沿って具体の取り組みを着実に進めていくことをコミットメントし、伝統工芸や産業の復旧及び継続を支援する各種支援の制度が設けられている。

  • 教訓を踏まえた災害に強い地域づくり
  • 能登の特色ある生業(なりわい)の再建
  • 暮らしとコミュニティの再建
  • 誰もが安全・安心に暮らし、学ぶことができる環境・地域づくり

実効性の高い取り組みを計画的かつ着実に進めていけるよう、定期的に効果と課題を検証し工程や取組事項の見直しを図り、より具体的な内容にしていくことが望まれる。

日本最古の塩田法として国の重要無形民俗文化財に指定されている「能登の揚げ浜式製塩の技術」は、海に近くて海水を運びやすいが日常的には波がかぶらないという、地震によって隆起した海岸段丘の地形特性を活かした能登半島の外浦一帯で古くから行われてきた塩田法である。その製法を継承してきた角花家は、2024年能登半島地震で地盤が2m程度隆起し、渚線はゴツゴツとした海底岩が敷き詰められた50m先になり(写真1)、かえ桶と肩荷棒で海水を海から運ぶことが出来なくなった。ポンプで50m先の海水を汲み上げ、震災前ほどの生産量が難しくても、震災の年も伝統製法による製塩を続けている。名勝の白米の千枚田では、用水路や棚田が被災し復旧途中ながらも限られた田の作付を行い、来訪者に千枚田の景観を見ていただこうと草刈りに励む方々がいる。重要文化的景観の大沢集落では、地盤の隆起によって使用不能となった港を仮復旧させ小型船だけでも航行できるようにして生業を維持しようと励んでいる方々がいる(写真2)。

写真2 大沢集落の港が仮復旧した様子

地震の隆起等によって形成された能登半島の地形や地質は、日常の生活や生業を成り立たせる文化の基盤として、多くの恵みをもたらしてきた。自然の地形や地質を活用した人々の営みによって形成された文化的な景観を災害前に復するのは、金さえあれば出来るかも知れない。しかし、それを人々の暮らしを維持する基盤として機能するところまで再生しなければ復興とは言えない。少子高齢化が進む地域における被災の厳しい現実により、土地離れや人口減少が加速することが予想される中で、災害により変容する地形特性や社会環境に向き合い文化的な暮らしを再生することは、大変難しい課題であり容易に解決策が見つかることでは無い。試行錯誤の繰り返しになるのだろうが、復興までに長い時間が必要な中で、地域での暮らしを望む住民と官・産・学などの多様なステークホルダーが目標や課題を共有し、長期スパンで地域に寄り添っていくことが必要である。

次に起こる災害に向けた課題と展望

このたびの震災では、インフラの仮復旧や生活再建に時間を要し、さらに豪雨災害に見舞われたこともあって、被害が大きい奥能登エリアの文化財への対応にこれまでの災害と比べて時間を要した。時間を要した原因は何か? 県及び市町の文化財担当者は、他の災害対応業務にも追われ、人員も限られる中で、何が出来て、何が出来なかったか? また当時を振り返ってどのようなサポートがあると良かったか? 市町・県・国の連携は上手くできていたか? 自治体や教育委員会は文化財の復旧復興を頑張っている被災者や応援者たちにアンテナを張って支援体制がつくれていたか? 不具合があったとすれば、どのような対応が出来ていると良かったのか?など、検証し共有することが次の災害に備えた貴重な知見となる。

地震被害が甚大なエリアでは、被災文化財に対する応急対応の遅れ(被災建造物の養生・部材保管など)により、建造物の傷みが進行する様子を見てきた。ひとたび大災害が発生すると本格修理に着手するまでには時間を要するため、適切な応急処置が重要であることは言うまでもない。ただし、単に被災文化財の保護というだけでなく、二次災害による人的被害の防止や被災者のその時期の心身の負担を和らげ、被災者の保護と社会の秩序の保全という災害救助の趣旨からも被災建造物の迅速な応急対策が重要である。養生や部材保管、応急補強などの応急期の対策については、平時から準備しておかなければ対応できるものでは無い。そのため、財源・技術指針・役割分担といった体制の整備を平時から進める必要がある。特に、応急対応時に発動できる財源確保の方策を次の災害に備えて今から計画し、用意しておかなければならない。

災害によって歴史的価値の高い建造物の除却が加速することが無いよう、価値ある資源を緩く保存していく制度として、1995年の阪神・淡路大震災を機に登録有形文化財制度が生まれた。登録有形文化財は、通常の修理等で指定文化財ほどの支援は無いものの、今回の災害では石川県内については復興基金で個人負担の2/3が補助され、個人負担を軽減する有効な手立てとなっている。しかし、復興基金を設けていない富山県内の大きな揺れに見舞われたエリアでは、被害が大きい文化財建造物もあり、災害復旧修理のための所有者の負担があまりにも大きく、登録有形文化財であっても解体を決断せざるを得ない状況が起きている。支援から漏れてしまうこうした被災文化財の救済策を用意しておくことが必要である。また、日頃から登録有形文化財を所有することが大きな負担とならずに維持できるよう、弾力的な修理のあり方等の負担軽減策を国や学識者らが議論し、所有者等へ提示していくことが望まれる。

(国士舘大学理工学部建築学系)