国際学術委員会ISCARSAH年次会議および国際会議SAHC2025出席報告


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国際学術委員会ISCARSAH年次会議および国際会議SAHC2025出席報告

Summary of ISCARSAH Annual General Meeting and International Conference on Structural Analysis of Historical Constructions

花里 利一 Toshikazu HANAZATO

Iscarsah年次会議
Iscarsah年次会議

国際学術委員会ISCARSAH年次会議が歴史的建造物の構造に関する国際会議SAHC2025(9月14日~17日)に合わせて、スイス・ローザンヌで2025年9月14日に開催され、両会議に出席した。SAHC(International Conference on Structural Construction)は2年ごとに開催され、前回は京都で2023年9月に開催され、1995年に始まったこの国際会議も今回は第14回の開催である。この国際会議の開催に合わせてISCARSAH年次会議も開かれてきており、2023年には京都でISCARSAHを開催している。

会場はISCARSAH年次会議がスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の会議室、SAHCはそのキャンパスに併設する国際会議場で開催になった。

ISCARSAH年次会議はハイブリッド形式で開催になり、会場で約70名、オンラインで約30名の参加であった。日本からは筆者のほか遠藤洋平氏が会場で出席した。年次会議のアジェンダはほぼ定例的であり、Paulo Lourenco委員長の挨拶から始まり、新メンバーの状況、ISCARSAHの活動の概要報告とNSCやワーキンググループを含む個別の活動報告がなされた。まず、委員長の挨拶に続き、ICOMOS Advisory Committee委員長Kerime Danis氏からの挨拶がなされた。

さらに、事務局によりISCARSAHへの貢献に対する2つの表彰制度が設けられ、初回の表彰者の紹介があり、The New Day for Conservation AwardをNicola Bianchini氏、The 2024 Iscarsah Professional AwardをPere Roca氏に授与することが報告され、年次会議の終了前に表彰が行われた。

委員会の新メンバーについては、この1年間に33名(内訳 Expert Member 14名, Associates Member 13名, Non-ICOMOS 6名)が新たに加わったこと、とくにイタリアとポーランドからの新メンバーが多かったことが報告された。また、メンバーの承認手続きについても、確認が行なわれた。なお、現在、ISCARSAHのメンバーは208名である。

委員長の活動報告では、FacebookやLinkedIn、YouTubeを活用した情報発信がより大きな拡がりを持ってきていること、改訂したIscarsahガイドラインを公開し、ICOMOSの公式文書に向けた活動を行っていることが報告された。また、紀要も年2回発行している。加えて、ウェビナーの開催も重要な活動で、武力紛争に関するウェビナーはとくに関心が高く、好評であったとの報告がなされた。ワーキンググループは現在4グループが活動しており、ISCARSAHへのメンバーの大きな貢献になっている。

ISCARSAHの活動計画として、メンバー資格のカテゴリー更新、事務局の構成見直しなどを含む定款の改訂、メンバー向け専用のウェブサイトの開設、メンバー資格の確認の完了、2018年イランミッション事例研究の出版、(任期を迎える)新事務局の選出、2026年年次会議計画が挙げられた。本年次会議では委員会の名称について以下の議事が行われた。

2025年初めに国際学術委員会ISCARSAHの名称が長く、他のISCと相違していて、困惑するとの意見が事務局に寄せられたため、ICOMOSに名称変更の問題を伝えたところ、ICOMOSは短く焦点を絞った名称が好ましいとの前向きな返答があり、審議の必要性を確認した。その後、事務局で検討を重ね、以下の進め方を提示した。

① 委員会で名称の変更を検討する。② 名称変更後も従来の略称Iscarsahもブランドになっており、引き続き使用できるようにする。③(事務局は)ISCARSAHと表記するのか、Iscarsahと表記するのか、確信できない。④ 事務局からの名称の提案:Heritage Structures またはHistoric Structuresとする。

事務局は6月にメンバーにアンケート調査を実施し、回答の大半が名称変更に賛意を示し、その中で『Heritage Structures』への変更に賛意が示された。一方で、大半が従来の略称の継続も賛意を示した、略称はISCARSAHよりIscarsahの表記の方がよいとの回答が多かった。このアンケート調査結果に基づいて、本年次会議で方針を採決・確認することとした。

まず、略称の表示と正式名称変更のICOMOS本部への申請の可否に関する採決を行うことが提案された。申請に過半数の賛成が得られたことから、討議を進め、採決をふまえて以下の委員会での名称に関わる意思決定がなされた。国際学術委員会の正式名称を”Heritage Structures”に変更(ISC Heritage Structures)する。略称をISCARSAHではなく、Iscarsahとする。名称変更について、ICOMOS本部にリコメンデーションすることになった。

次に、その他の活動について報告では、ウェビナー計画グループから、最近の開催では「2023年トルコ・シリア地震への視点」、「文化遺産の防火対策の視点」、「文化遺産への構造的介入:ISCARSAH原則(APTとの共催)に基づいたケーススタディ」、「武力紛争時の文化遺産」、今後の話題として、同グループは「Iscarsahへの洞察:現在の取り組み」(仮題)や石材に埋め込まれた金属と腐食リスク、木材の構造補修など技術的なトピック(ICOMOS Wood Committeeの共同ウェビナー)を検討しており、委員会メンバーからの提案に期待しているとの報告がなされた。実績として、ウェビナー1回あたり約150名の参加者、 年間で約15名の講演者を招待、意見交換、討論、質疑応答がなされ、ウェビナーはYouTubeチャンネルで公開。30本以上の動画の視聴可能であると報告された。なお、ウェブサイトは、www.youtube.com/@iscarsahvideoで公開している。

Bulletin(ニュースレター)は年2回発行、簡潔な記事等を通して議論の促進を目的としている。誰でも投稿できるので、コンテンツの提供を推奨している。さらに、各専門分野で直面する課題についても皆さんに考えてもらう機会を提供することを目指している。

NSC活動報告では、トルコ、インドのNSC活動が報告された。

ワーキンググループの活動では、4グループのうち、3グループの報告がさなれた。以下に活動概要を要約する。

  1. 組積造問題の分類
    組積造は世界的に使用されている材料にもかかわらず、地域特性を有する既存の建造物の材料特性に関する適切な基準類が定められていることに着目した。目標は2つの成果物を作成する。成果物1は、既存のさまざまな組積造の分類と力学特性評価に利用可能な基準と手法に関する評価・検証である。成果物2は、信頼性の高い力学特性を導き出す実験室および現場試験の方法論である。多くのサブグループが活動している。西欧を中心に多くの国からの資料・情報やデータが提供されてきている。活動は2年度目であり、最初の成果物を今年後半に完成させ、来年、成果物2の完成を目指している。
  2. 気候変動と適応可能な再利用
    本ワーキンググループは2年前に活動を始め、プロジェクトの完了に向けて活動している。2025年1月には公表に向けた項目を提出し、そのレビューをふまえた見直しに取り組んだ。中心的な課題は、建物を安全で強靭なものに改修しつつ、オーセンティシティーを保ち、持続可能性を追求しつつ、環境への影響を最小限に抑えるという方針のもと、バランスを取ることにある。この課題は、世界の各地域でさまざまな建物が直面している気候変動がもたらす多様なハザードによりさらに複雑化している。建物側の対応には移築も含め3種類のアクションが含まれる。解決策としての提案では、これらの意思決定支援フレームワークを作成することとした。このプロセスには専門家と学際的なチームが必要である。
    鍵となるの項目は下記のとおり。
    ・ 気候変動適応には万能な解決策はない。
    ・ 構造的に構成されるフレームワークにより、透明性、包括的、かつ妥当な意思決定を可能にする。
    ・ プロセスには、学際的な連携とステークホルダーとの対話が不可欠である。
    ・ 目標は、過去の保全と将来の保護の間で責任あるバランスを見つけることである。
    今後、このテーマの進展を支援するために、ウェビナーの開催を計画している。
  3. 建築基準とISCARSAH指針
    当初予定されていた4段階の計画のうち、フェーズ1から3は完了した。フェーズ1では調査の準備、フェーズ2ではオンライン調査、フェーズ3では報告書テンプレートの作成と規制文書の分析を行った。現在進行中のフェーズ4では、報告書の完成と、全体的な結論と勧告の策定に取り組んでいる。来年中に成果物を完成させることを目指している。

以上が年次会議の報告である。

Adjournmentで、能登半島地震による文化遺産の被害・復興とその後の豪雨災害についての報告を準備していたが(トルコ地震の災害からの復興報告も)、ローザンヌ大聖堂Technical Visitとそれに続く国際会議SARC2025のレセプションが始まる時間が迫ったため、閉会となった。Iscarsah Bulletin等に記事を投稿しWebSiteを通じて発信する予定である。

Iscarsah年次会議Technical Visitで視察したローザンヌ大聖堂

次に、国際会議SAHC2025への参加について報告する。開催国がスイスのため、西欧からの参加に都合がよいこと、世界的な旅行人気をもつ国であることから、今回は50か国、550名以上の参加者で過去最大の参加者となった。一方、日本からは数名の参加で、アジアからは中国・韓国さらにインドからの参加者が多く見受けられた。会議の名称は構造に関するものであるが、建築史や考古学など学際的な講演もなされる会議に拡充されている。

SAHC2025会場のEPFL国際会議場

会議のトピックとして挙げられていたのは、以下のとおりである。

  • 記録文書や管理文書のデジタル化
  • 気候変動:受容と対策
  • 建設技術史
  • 遺産建造物の維持管理と保全対策
  • 調査法:非破壊調査技術、室内試験技術
  • 数値モデルと構造解析
  • 地震に対する脆弱性とリスク
  • 構造ヘルスモニタリング
  • 補修・補強技術
  • 20世紀遺産:歴史・調査・保存
  • 土着の建築遺産:歴史・調査・保存
  • 耐久性とサステナビリティー
  • 学際的なプロジェクトとケーススタディ

発表論文数は、ポスターセッション約20編を加えて、460編あまりであった。査読を経た論文は、RILEM(国際材料構造試験研究機関連合)から、年内にオンライン出版の予定である。

この国際会議に参加した全体的な印象として、Keynote Lectureも含めて、各Sessionを通して構造・材料種別ではMasonryに関わる講演が多数であった。特徴として、近年、ブラインド予測解析(実験や観測結果を知らせずに、必要な構造条件や荷重を与えて解析を行った後、実験や観測記録が開示され、解析モデルの検証を行う研究活動)が歴史的組積造建造物の耐震解析分野でも行われている。なお、木構造に関わる講演は少なく(正確にカウントしていないが)10編に満たなかったと思われる。

筆者は火災に関するセッション(全5編)において、ギリシア・パルテノン神殿の歴史火災による損傷評価に関する国際共同研究の成果を発表した。また、当初、Iscarsar年次会議と国際会議SAHC2025に参加予定であった、横内基氏(国士舘大学教授、日本イコモス理事)が所要のため、参加できなかったため、国際会議では旧富岡製糸場西繭置庫の耐震改修前後の微動特性の変化について共著者として研究発表を行った。前者での発表には可燃物量に関する質問、後者の発表では温度変化が微動特性に及ぼす影響について質問を受けた。

1日目の晩には、国際オリンピック委員会(IOC)本部博物館においてガラディナーが開催され、ISCARSAHの友人を含め旧交を温め、楽しいひとときを過ごした。

SACH2025_ガラディナー会場IOC本部博物館にて

なお、次回SAHCは第15回の開催になり、SAHC2028として2028年1月にインド・チェンナイ(IIT Madras)での開催になる。アジアでは、2010年に中国・上海、2023年に日本・京都で開催しているので、3回目の開催である。近年、中国・韓国に加えて、インドにおいても歴史的建造物の保全に関する研究・研究が活発になってきていることを示している。アジア開催の次回は、多くの日本人研究者の発表に期待したい。

(神奈川大学)