イコモス60周年にあたって考えたこと


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イコモス60周年にあたって考えたこと

ICOMOS at Sixty: A Reflection by the Eighth President of ICOMOS

河野 俊行 Toshiyuki KONO(本部名誉会長)

総会_イコモス60年を振り返る
イコモス60周年記念イベント

筆者は、イコモス年次総会に合わせて開催されたイコモス60周年記念イベントで話す機会を与えられた。2025年10月14日にルンビニ佛教大学で開催されたこのイベントは、筆者のほかにパトリシオ会長及びダニス助言委員会委員長の3人が過去を振り返り、出席した副会長4名(1名は欠席)が各地域における未来について語る、という構成が取られた。本稿では、グスタボ・アラオズ名誉会長と筆者が共同で発出した創立60周年に向けたステートメント(https://www.icomos.org/actualite/icomos-sixty-shared-reflection-toshiyuki-kono-gustavo-araoz/)に簡単に触れたのち、今回のイベント出席にあたって愚考したことを敷衍する形で執筆の責を果たしたい。

歴代イコモス会長(第7代アラオズ氏・第8代河野氏、点線加筆)

アラオズ名誉会長との共同メッセージでは、イコモスが欧州を基礎として発足しながら半世紀超の時間をかけて真のグローバルな組織へ発展してきたことを称えると同時に、イコモスの強みは各メンバーの専門性にあることを改めて強調したうえで、今後はメンバーの世代間交流を活発化して、シニアメンバーの経験と知見を若手メンバーのエネルギーに結び付けて組織の未来を盤石にしてほしいと希望した。こういうやや一般的なことを既に述べたので、記念イベントではもう少し突っ込んだ話をすることにした。まず述べたことは、イコモスは長年にわたって専門家の「集まり」として存在してきたが、この10年で専門家「団体」へ変化しつつあるということであった。「集まり」であるうちは個人の特性が前面に出てきて、個人の個性や個人間の関係性が組織運営に良くも悪くも直截に反映されることになり、組織の不安定要素の一つとなりうる。イコモスが準拠するフランス法上必要な「各年度決算及び予算の総会における承認」が、2015年に第1回年次総会が福岡で開催されるまで無視されてきたことは、団体としてのイコモスという認識が希薄であったことを示唆して余りある。筆者が執行委員として着任して早々に携わったのはフランス法が関係する案件であったが、その際に痛感したのは、団体としてのイコモスの非常時における対応力の弱さだった。定款の全面改訂や事務局長(DG)職の設置などを通して改善傾向にあるが、ミクロレベルの状況を見ると、未だすべきことは多いと感じる。

団体は当然に存在できるものではないと考えるならば、過去を踏まえつつ、現在のみならず将来に意識を向けることは必然であろう。もちろん専門家としての個々の会員に問うべきは、マネージメント層が考えるべき中長期のガバナンスビジョンではなく、文化遺産に関するより根源的なことであろう。その際我々が最近世界中で目撃している多くの激変は、一時的な現象と考えるべきではないだろう。当たり前に、文化遺産は保護すべきものと前提にすることは許されないかもしれないのである。もしそのように問われたときのために、今からしっかり考えておく必要があるのではないか。こういう問題意識を説明した後、記念イベントでは、世界遺産条約、無形文化遺産条約そして欧州評議会のファロ条約等はいずれも、「将来世代のために」for future generations 文化遺産を保護すると謳っているが、この「将来世代」とは誰のことなのか、考えた人はあるのだろうか、文化遺産について将来との対話が必要なのではないか、と問いかけた。この問いは、筆者自身、解を模索している状況ではあるが、同日他の会議が長引いたため、本イベントでイコモスや文化遺産保護の将来に関わる意見交換や議論が行われることはなかった。もし深めるための議論の時間があれば有益な意見交換ができたのではないかとつくづく残念に思う。

総会での河野名誉会長(撮影:岡崎瑠美氏)

筆者は、上記の問いが、最近関わっているヘリテージ・エコシステムやフューチャーデザインに密接に関連するのではないかと考えており、将来との対話を2026年のイコモス総会時のシンポジウムで再開したいと考えている。具体的には、文化観光と文化的景観の二つの国際学術委員会と共同でヘリテージエコシステムに関するジョイントセッションを企画し、またスウェーデン・リンネ大学のユネスコチェアと一緒にフューチャーデザインのワークショップも実現したいと考えている。60周年を機に、次の60年を考えるための一助となれば、と念じている。

(九州大学 特別主幹教授)