2025年ICOMOS年次総会 at ルンビニ
2025年ICOMOS年次総会 at ルンビニ
ICOMOS AGA 2025 at Lumbini
岡田 保良 Yasuyoshi OKADA

2025年次のICOMOS総会は、仏陀の生誕の地として世界遺産リストに登録されている、ネパールのルンビニを主会場として開催されました。最終日のみ舞台をカトマンズに移しています。この公式日程中、筆者自身は10月12日の地域別会議から参加し、18日のシンポジウム閉幕までルンビニに滞在。最終日、ツアーを含むカトマンズでのイベントには、残念ながら個人の都合で参加していません。なお年次総会AGAと称してはいますが、日程の全体は前半のAdCom会議と後半のSCシンポジウムが主体であり、総会の議事自体は中日の半日程度に収められています。10年余前までは年次総会議事を省いたプログラムが、3年に一度の総会を挟んで毎年のAdCom行事として世界各地を巡っていましたが、本部のあるフランスの新たな国内法に基づいて総会を毎年開催するという現在の形になりました。現在のAdComは全NCとISCの集合体で、何れの会議体も会員にはオープンですが、議決権はNCとISCそれぞれの長のみに与えています。全体を統括するAdCom委員長は昨年選出されたオーストラリアのKerime Danisさん。
AdComの提案ないし決議がICOMOS総体の意思となるには、本部理事会(Board)審議を経て議案として総会に諮らねばなりません。実際のプログラムでは、AdCom会議に先立ち、すべての国内委員会を5つの地域に分けて開催される地域別会議と、国内委員会すべてが集結するNC-Mが、つづいてISCの代表が集うSC会議がセットされ、ボトムアップの形で多様な提案が上がってきます。AdComはそれらの議論や提案を理事会につなぐ重要な役割を担うという建て付けです。
こうした積み上げ型の構造とは別に、地域と分野を横断するようなテーマ別に複数のWGが本部直属で活動しており、AdComはそうした議論を共有の場としても機能しています。今回は5つのWG-SDGs; Our Common Dignity- Right-Based Approaches (OCD-RBA); EP; Climate Action; Indigenous Heritage-から報告がありました。以下、こうしたAdComの流れと総会の議事を中心に報告します。主な報告文書は9月、10月に本部から発信されたICOMOS Infoメールからリンクが張れていますのでご参照ください。また早々と総会議事録の暫定版も本部サイトA look back at the ICOMOS 2025 Annual General Assembly in Lumbini, Nepal - ICOMOSに公表されていますので合わせてご確認ください。

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AdComは前半(13日午後)を、NCとSCそれぞれの会議報告と提案、ICOMOS全体の財務と庶務に関する年次報告、Disaster and Conflict Resilient Heritageを副題とする3か年計画(TSP)、最近のブルーシールドの活動、9月に天津で開催されたUniversity Forumの報告などを議題とされました。このフォーラムについては、参加された下間さんから次号にて別稿をいただく予定ですのでそちらをご覧ください。
さらにはこのルンビニ総会に先立ち、9月2日にオンラインで開かれたICOMOS公式文書のカテゴリーに関するAdComワークショップの報告では、従来の定義と分類を見直したうえでCharter, Guidelines, Declarationという3分類に改めるという案がTask Teamから出ています。
後半(14日午前)の議事では、本部WGの報告につづいてNC、SC各提案事項について意見が交わされ、最終的にAdComから本部理事会に送る提案の採決が行われました。
NCからの報告と提案は、5地域それぞれの代表が分担しました。アメリカグループからは、共通の遺産と課題を有する国々間で超国家委員会の設置を認めるICOMOS規約に基づき、17のカリブ加盟国・準加盟国のための共同プラットフォームとなるICOMOSカリブ委員会の設置と、本部事務局など関係機関による支援を求める提案がありました。太平洋地域における島嶼地域グループの扱いが参考になったようです。
この総会に先立ってパレスティナにおける有形・無形文化遺産の破壊に対し深刻な懸念を表明していたアラブグループは、レバノン、シリア、イラク、スーダン、イエメン、そしてパレスティナにおける深刻な破壊状況に改めて言及し、歴史的・宗教的アイデンティティの完全な尊重などを訴えました。これに関連して、ヨーロッパグループも、国連、ユネスコ、欧州評議会の文化遺産及び人権に関する条約の精神に基づき、人類の知的・道徳的連帯に基づく平和の手段としてあらゆる遺産の保全・保護を推進することについて、グループ32か国がすでに採択していた声明を、ICOMOS会員に広く周知を図るようAdComに対して支援を求めるとともに、ロシア-ウクライナ、イスラエル-パレスティナ両方の武力紛争に対する深い憂慮を表明し、文化遺産の状況調査と保護について、アラブ諸国と共同で強く訴えました。アジア太平洋地域からの報告については、別稿で大窪さんから詳しく紹介されているので、ここでは控えておきます。
そしてこれらの提案に対する採否は、13日午後にAdComでの議事が控えていたため、NC提案については12日夜の時間帯、つづくSCによる提案(内容は省略です)については13日午後早めの限られた時間帯にそれぞれオンラインで行われました。いったんは投票数過少と判じられ、会場の空気とは裏腹に、採択できないという波乱をみることになりました。そのため、緊急動議で採否を後日予定の理事会に委ねることになったのですが、前会長の河野さんから規約の再確認があり、結局はISCEAH Charterの一件を除いて採択され、各提案は次の総会での決議に向けて理事会に送られることになりました。
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年次総会自体の議事は、AdComでの議論の脈絡は概ね切り離され、どちらかというと役員改選を伴う来年の総会の準備手続きの様相が強く出ていたように見受けられました。上記の暫定議事録に詳しく報じられていますが、私たちに課せられた決議事項について少し触れておきます。議案は7つ。うち4つは来年の総会手続きに関する事項ですが、2件は現在のイコモスの財政状況を物語る会計報告で、2024年から2026年にわたる収支と予算を開示する内容です。詳しくは、メール配信された総会資料中のファイル<2025-4_2_Detailed Draft Budget for AG - DEF.xlsx>をご覧ください。
それによると、2024年の支出総額は3,758千余ユーロで、うち人件費を含む管理固定費1,630千、世界遺産支援活動に703千、その他Project in Partnership(共同プロジェクト等)での出資に1,425千。総収入は3,787千余ユーロで、うち会費(617千程度)や寄付金合算で862千、世界遺産関連で1,303千、Project in Partnershipによる対価が1,620千。これらの数値をどのように評価するべきか、筆者には見当がつきませんが、安定的収入であるはずの会費収入に対して、固定的な経費が2.5倍以上というあり様は決して健全とは言いがたいのではないでしょうか。
来年中にも実施されようとしている会費値上げを妨げる大義を見出すことは難しそうです。ただ日本に割り当てられそうな個人会費は、円安傾向が厳しく反映して、それだけで現行の国内会費を上回りかねない額が検討されている模様です。心しておく必要がありそうです。
決議事項の残る一件はICOMOS倫理規定(Ethical Principles)の一部改正案です。現行では、6年ごとに理事会が見直して総会に報告することになっていますが、総会が3年に一度の開催だったかつての制度の名残りだったのかもしれません。これを、必要があれば理事会はいつでも規約改正を発議し総会に諮れるというものです。この改正案は採択されました。
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最後に筆者がプレゼンターとして参加したイベントを紹介します。そのプログラムはアジア太平洋グループが提唱したHIAを主題とするDiscussion Sessionで、シンポジウムプログラムの1セッションとして17日午前にセットされていました。かねてよりこの地域グループは頻繁にリモート会議で親交を温めていたとはいうものの、筆者にとっては降って湧いたような依頼で、日本のHIA事情をどのように紹介するか、大慌てで2コマほどのパワポを用意しました。セッションのオーガナイザーは、いつもこのグループを先導してくれるオーストラリアのスーザンさん。添付の一コマは、日本でこれまでにHIAが実施され、世界遺産センターにも報告を上げた主な事例を示しています。これらのHIAプロセスに日本イコモスがどのように関わったか、はコンフィデンシャルの領域なので詳しくは話せませんでしたが、以下のような解説を加えてその場を凌ぎました。
・担当する都道府県はHIAツールキットに示されたようなフローチャートに従っている。
・世界遺産HIAプロジェクトは現在、日本での法的裏付けを欠いている。
・結論として、少なくとも日本でのHIA手続きには以下の点が不可欠と考える:
1.文化財保護に関する国法とは別に、世界遺産の保全・管理に関する法規例を制定する。
2.現地の諮問機関は、HIA評価プロセスに入る前の段階で事業を制限できる枠組みを構築する。
3.当諮問機関は事業者によるHIA評価の結論をさらに評価し、悪影響を排するよう事業を誘導する。
筆者のほか、以下のような発表がありました。世界遺産を持たない台湾のアレックスさんは文化財の法的側面について紹介。パキスタンからはデザイン委員会の関わりとEIAのプロセスに依存したラホールの事例。ネパールでもEIAがカバーしつつ、エキスパートによるマネジメント委員会の働きを紹介。イギリスでは原住民エリアにおけるHIA、等々。ディスカッションでは、今春ソウルでの地域会議でHIAセッションを主導したインドネシアのハーティさんが加わり、ボロブドゥールでのエキスパートの関与などが紹介されました。今後もアジア太平洋の地域会議で情報交換は継続されることになりそうです。