「戦争遺産の解釈をめぐる言説の衝突:平和構築と和解のための対話を育む多様なコミュニティーの役割」2025年6月14日、オンラインと早稲田大学に於いて
「戦争遺産の解釈をめぐる言説の衝突:平和構築と和解のための対話を育む多様なコミュニティーの役割」2025年6月14日、オンラインと早稲田大学に於いて
About the International Seminar: “Conflicting Discourses in Interpreting Contested Heritage: the role of diverse communities in fostering dialogue for peacebuilding and reconciliation”, Waseda University and online, 14 June 2025
ウーゴ ミズコ Mizuko UGO
2025年6月14日、「戦争遺産の解釈をめぐる言説の衝突:平和構築と和解のための対話を育む多様なコミュニティーの役割」と題した国際セミナーが早稲田大学で行われた[1][2][3]。本セミナーは、ソウル国立大学国際学研究所と早稲田大学現代政治経済研究所・国際和解学研究所によって企画され、イコモスの文化遺産のインタープリテーション・プレゼンテーションに関する国際学術委員会[4]とアワーワールドヘリテージ財団[5]の協力で開催された。この国際会議は、2022年よりソウル国立大学国際学研究所の企画による「次世代のための自然遺産・文化遺産のインタープリテーション」[6]国際セミナーシリーズの第四弾となる。
国家、国民、コミュニティーが記憶に留めたい特定の場所、特定の出来事の起きた場所(「記憶の場 sites of memory」)、それらに関連する博物館展示のあり方、伝承・公開の方法については、長い間議論が続けられてきた。そうした成果の一つが、イコモスの「文化遺産のインタープリテーションとプレゼンテーション憲章」の批准(2008年)だろう。これは、人類が分かち合うべき文化遺産のインタープリテーションに関する様々な研究や活動の後押しとなった。例えば、2015年の世界遺産委員会の決議(39COM.8B.14)等を経て、専門家のワーキング・グループが立ち上げられ、「記憶の場」のインタープリテーションに関する研究が進められた。2018年の成果報告書には、記憶と美術館・博物館の関係性に加え、「記憶の場」に関して複数のインタープリテーションの共有や、そのような文化遺産が公式認定された際のインタープリテーションへの影響について言及されている。
さらに、戦争(主に20世紀以降)に関連する「記憶の場」に関して、関係者による多様な視点を踏まえたインタープリテーションの幅が確保され、平和構築の場として活かすことを目的に、世界遺産委員会はオープンエンドの作業部会を立ち上げ、その成果を世界遺産推薦過程における指針として2023年の議決に含めた(WHC/23/18EXT.COM4.)。
以上の流れに並行して、ソウル国立大学国際学研究所は世界の「記憶の場」のインタープリテーションの成功事例の共有、平和構築に向けた「記憶の場」の役割について研究を継続しており、今回の「次世代のための自然遺産・文化遺産のインタープリテーション」国際セミナーの企画も一連の取り組みの一環と言えよう。国際セミナーは複数年にわたるもので、建築家、考古学者、民俗学者といった文化遺産の有形的な要素や無形的な要素の保護に直接携わっている専門家のみならず、その他の領域の専門家、将来の社会を担う若者に積極的な参加を求めている点に特徴がある。政治経済および外交分野をはじめ、人権、ジェンダー、社会学の専門家の視点を取り込み、文化遺産の多様なインタープリテーションの共有のあり方、インクルーシブな文化遺産のあり方への糸口を模索している。
2022年、ソウル国立大学国際学研究所とアメリカを拠点とする「良心の場所」国際同盟[7]がICOMOS-ICIP とアワーワールドヘリテージ財団の後援で開催した「第二次世界大戦関連遺産活用の成功事例の共有と若者の参加」国際セミナーがシリーズの出発点となった[8]。
2023年に開催された第二回目はアムステルダム・ヴライエ大学[9]と、「デジタル時代における戦時中のナラティブを理解する」国際セミナーとして企画され、欧州ヘリテージ・プランニング・カレッジ[10]およびアワーワールドヘリテージの協力のもと、様々な戦争関連文化遺産にフォーカスし、インタープリテーションとして小さな声をも拾うような事例共有を目途とした。そこでは、新しいIT技術により進化するインタープリテーションのあり方が話題となった[11]。
2024年の第三回国際セミナーは、英国のキングス・カレッジ・ロンドンと企画され、中近東やアフリカといった多くの地域の事例紹介を通じて、平和構築のツールとしてのインタープリテーションが議論された[12]。
そして第四回目にあたる今回は、文化遺産について異なるインタープリテーションが共存する際のコミュニティーの役割について掘り下げることが目的とされた。近代化遺産、植民地や戦争に関連する遺産については、置かれる立場によって記憶や意味合いがまったく異なることがあるわけだが、それぞれのコミュニティーがどのように対話のきっかけをつくれるのか、そして、どのように和解や平和構築へとつなげられるのかが焦点となった。
議論の中身としては、まず、文化遺産として認められている場所や美術館・博物館の展示品に対して、さまざまな角度から解釈がなされることでより深い見識へ至ることが可能となり、それが過去の理解と将来への足がかりになることがあらためて再確認された。さらに、文化遺産の解釈が対立する場合、あるいは、マイノリティーの記憶が記録されていない場合、関係するコミュニティーの働きかけを通じて、より包括的な文化遺産のインタープリテーションに至るにはどうすればよいのか、について議論がなされた。そうしたなか、アジア、アフリカ、ヨーロッパの文化遺産、「記憶の場」に関する多くの事例が紹介され、関連コミュニティーによるインタープリテーションへの貢献方法が様々な形で提案された。誰が、どのような言葉で和解を進めるのか、ある立場から正しいと思う解釈をどこまで妥協すべきなのか、といった具体的な論点も出された。
しかし、なにより注目をあびたのは、勇気ある出発点となったセッション1だったように思う。セミナーは、鉱山や近代化遺産関連の日本の世界遺産のインタープリテーションでスタートした。それぞれの資産が世界遺産になった過程、インタープリテーションの現状や工夫について、特に「佐渡島の金山」が主要な事例として取り上げられた。このセッションに韓国と日本のイコモスの両委員長が参加したこと自体、まちがいなく意義深い試みであったと言えよう。緊張感が聴衆にまで伝わってくるようなパネルディスカッションではあったものの、最終的には大変構築的で具体的な提案が挙げられたことが印象的だった。また、文化遺産以前に、例えば法関連のキーワードを定義する必要性について言及があったが、まさにインタープリテーションの基盤となる一つ一つの言葉の意味をまずは共有しなければならない、という指摘は大変的を射たものであったように思う。

また、国際セミナーのシリーズが若手にフォーカスしていた点も見逃せない。セミナーでの発表のみならず、ビデオ制作コンクールなど、複数のかたちでの研究成果の募集を行い、学生の積極的な参加を促した。今回も、口頭発表とパネル展示に修士課程、博士課程学生のための発表の場が設けられていた。
文化遺産、博物館、美術館には、過去に関する多くの情報と物語が内包されている。まさに多くの人々の記憶と解釈の拠り所となるわけだが、ときに解釈や意味づけが大きく異なる瞬間に出くわすこともあるだろう。そうした瞬間こそ、文化遺産や展示品が我々にとって将来の構築のための真のツールであることを思わせてくれる。だからこそ、適切な公開方法や観賞方法の模索は継続する。発表者の一人の言葉を借りると、「heritage should not be a cage, but a bridge」、遺産は人を縛り付けるのではなく、人々を繋げる橋渡しの役割を持つべきである。遺産が有する可能性をあらためて認識させてくれるセミナーであった。
(学習院女子大学)
[1] “Conflicting Discourses in Interpreting Contested Heritage: the role of diverse communities in fostering dialogue for peacebuilding and reconciliation”, Waseda University and online, 14 June 2025. http://www.snuiis.re.kr/sub3/3_1.php?mode=view&number=1789&b_name=event1_1
[2] https://memory.w.waseda.jp/newsletter/812
[3] https://www.ourworldheritage.org/eventspage/ishi4
[4] International Committee on Interpretation and Presentation of Cultural Heritage Sites, ICOMOS-ICIP. https://icip.icomos.org/
[5] OurWorldHeritage Foundation. https://www.ourworldheritage.org/about
[6] International Seminar on Heritage Interpretation for Future Generations, 2022年~2025年。
[7] The International Coalition of Sites of Conscience, ICSC. https://www.sitesofconscience.org/
[8] “International Seminar to Share Best Practices in World War II Heritage and Youth Engagement: Countering Revisionism – Engaging New Generations in Memory, Truth and Justice around World War II Heritage”, Rubin Museum (New York) and online, 7 July 2022. https://www.sitesofconscience.org/wp-content/uploads/2022/06/Countering-Revisionist-WW2-Narratives_Overview.pdf
[9] Vrije Universiteit Amsterdam. https://vu.nl/nl
[10] Heriland College of Heritage Planning. https://www.heriland.eu/
[11] “Understanding Wartime Narratives in the Digital Age”, VU Amsterdam and online, 15 June 2023. https://www.ourworldheritage.org/eventspage/
[12] “Presentation and Interpretation of Contested Heritage towards Truth and Peace-building”, King’s College London and online, 24 June 2024. https://www.ourworldheritage.org/eventspage/interpretation-and-presentation-of-contested-heritage-towards-truth-and-peace-building