紛争下のスーダン文化遺産シンポジウムの開催


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紛争下のスーダン文化遺産シンポジウムの開催

Symposium on Sudan's Cultural Heritage in Conflict

栗原 祐司 Yuji KURIHARA

ワークショップに参加した日本とスーダンの専門家
ワークショップに参加した日本とスーダンの専門家

8⽉16⽇、文化庁文化遺産国際協力拠点交流事業2025 関連一般シンポジウム「紛争下の被災文化遺産と博物館の保護―スーダン共和国の事例から―」が開催された。主催は東京文化財研究所、共催は日本イコモス国内委員会及びICOM 日本委員会、協力はスーダン共和国外務省、文化遺産国際協力コンソーシアム、文化財防災センター、NPO法人映画保存協会、Safeguarding Sudan’s Living Heritage(U.K.)及びNational Corporation for Antiquities and Museums(Sudan)、後援は明石書店、日本アフリカ学会、国際協力機構(JICA)。

2023年に始まった軍事衝突により、スーダンの文化遺産及び博物館は大きな被害を受けた。専門家らは避難先のカイロに緊急対策本部を立ち上げ、被害状況の把握や略奪された収蔵品の回収を行いながら国際的な支援を訴えている。東京文化財研究所では、本シンポジウムに先立ち、困難な状況にありながらも活動を続けるスーダン人専門家らを迎え、文化遺産分野と外交分野から紛争被災文化遺産や博物館の保護と国際支援のあり方について4日間にわたって専門家によるワークショップを行い、最後に一般公開シンポジウムを行った。

ワークショップは非公開で8月13日から16日の午前中にかけて東京文化財研究所で行われ、スーダンからインティサール・ソガイルン・ハルツーム大学教授(元高等教育大臣)及びイハラス・アリヤス・スーダン国立博物館キュレーター、さらに外交官との連携という観点から、ユネスコスーダン政府代表部のエゼルディン・ムサ一等書記官が参加した。また、イギリスから大英博物館スーダン・ヌビア部門のジュリー・アンダーソン部長と、オンラインでスーダン・リビングヘリテージ保護プロジェクト(Safeguarding Sudan's Living Heritage、略称SSLH)のスタッフが参加した。

日本からは、石村智・東京文化財研究所無形文化遺産部長、二神葉子・文化財情報研究室長、清水信宏・北海学園大学准教授、関広尚世・京都市埋蔵文化財研究所調査研究技師、千葉毅・文化財防災センター研究員及び筆者が参加し、スーダンの歴史と文化、非常災害時における文化遺産保護、スーダンの文化遺産の現状と将来、国際コミュニティとの関係におけるスーダンの文化政策、文化遺産保護に関する国際組織・NGOの役割、博物館と国際連携、ユネスコ無形文化遺産と無形文化遺産の国際連携、そして文化遺産保護のための日本の国際連携スキーム等、多角的な観点から情報共有と意見交換が行われた。

4日間にわたるワークショップを踏まえ、8⽉16⽇に行われた一般公開シンポジウムでは、冒頭、齊藤孝正・東京文化財研究所長より開会あいさつ、石村無形文化遺産部長より趣旨説明があり、スーダンからインティサール教授及びイハラスキュレーターよりメッセージが寄せられた。

趣旨説明する石村東文研無形文化遺産部長

続いて、関広調査研究技師よりスーダンの被害状況について報告があった。武力紛争下のスーダンにおける文化遺産保護の現状と課題についての詳細は、季刊誌2024年秋号掲載の石村智、清水信宏、関広尚世「スーダンにおける武力紛争下の文化遺産の保護」をご参照いただきたいが、シンポジウムでは本邦初公開ともいえるスーダン国立博物館等の被災状況の写真等も紹介され、被害の深刻さが浮き彫りとなった。

スーダンにおける武力紛争下の文化遺産の保護

その後、岡田保良・日本イコモス国内委員会委員長(文化遺産国際協力コンソーシアム副会長)から、日本イコモス国内委員及び文化遺産国際協力コンソーシアムの二つの機関が武力紛争や災害で被災した文化遺産の復旧、復興に向けて、どのような貢献の可能性があるかについて講演が行われた。周知のとおり、日本イコモス国内委員会は、1987年以降ICOMOS理事(Board)の席を継続しており、20以上の国際学術委員会(構造補強、考古遺跡、文化的景観、土の建築、城郭、集落、危機管理、水中遺産、木構造、20世紀建築など)に専門委員を輩出している。今後のスーダンの被災文化財の復興に向けての技術的支援及びご協力を期待したい。

講演する岡田日本イコモス国内委員長

ICOMOSでは、アジア太平洋地域、アフリカなど、各地域の国内委員会が構成する会議が奨励され、情報の交換、人材の交流を図っており、スーダンも国内委員会を設置している。ICOMでも、関広らから助言を行い、ようやく8月にパレスチナ及びルワンダとともに国内委員会の設立が承認された。(国内委員会の設立のプロセスは、同一国に拠点を置く少なくとも8名の正会員による署名入り正式申請書をICOM事務局長に提出することで開始される。事務局が要請を受領・審査後、事務局長が執行役員会議に提出し審議・最終決定が行われる。)なお、ICOMドバイ大会では、残念ながらスーダンからの現地参加はなかった。

また、スーダンでは貴重な映画フィルムも被災していることから、石原香絵・NPO 法人 映画保存協会代表より危機に瀕する動的映像資料の保護についての講演があった。

最後に筆者から、ICOM日本委員会副委員長の立場(当時)で、ブルーシールドの意義と役割について講演を行った。ブルーシールドは、ユネスコの「武力紛争の際の文化財の保護に関する条約」(通称:1954年ハーグ条約)に基づいて設立された国際NGO組織であり、ICOM、ICOMOS、IFLA、ICAの連携協力の下に国際委員会が組織され、ピーター・ストーン・ニューキャッスル大学教授が会長を務めている。今年(2025年)は、2000年に初めてオランダ、イギリスとアイルランド(合同委員会)、フランス、ベルギー、ノルウェーの国内委員会が設立されてから25周年に当たり、2025年12月現在、34の国・地域で設立され、10か国が準備中とされている。スーダンでは日本からの助言も踏まえてICOM国内委員会を設立し、並行してブルーシールド国内委員会の設立準備が進められている。

https://theblueshield.org/what-we-do/national-committees-around-the-globe/#

一方、ブルーシールド国内委員会は、未だに日本では設置されていない。2012年9月に文化遺産国際協力コンソーシアム研究会「ブルーシールドと文化財緊急活動‐国内委員会の役割と必要性‐」を東京文化財研究所で開催し、さらに2015年12月に文化遺産防災国際シンポジウム「文化遺産を大災害からどう守るか:ブルーシールドの可能性」を京都国立博物館で、2017年3月に文化遺産防災国際シンポジウム「文化遺産を大災害からどう守るか:ブルーシールドの可能性Ⅱ」を再び東京文化財研究所で開催し、ICOM日本委員会及び日本イコモス国内委員会でも設立準備を進めたが、「武力紛争(Armed Conflict)」という名称を冠した条約に基づく組織であることや、その実効性についての疑義等により政府関係機関の理解が得られず、設立までには至っていない。2019年にICOM京都大会が開催され、新たな国際委員会としてDRMC(International Committee on Disaster Resilient Museums:博物館防災国際委員会)が設置され、筆者も最初のボードメンバーとなったことから、再びブルーシールド国内委員会設置の機運が高まることが期待されたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、議論は中断されたままとなっている。近年頻発する自然災害や、スーダンのみならず海外での武力紛争に伴う文化遺産の被害の拡大を考えれば、先進国の責務として国内委員会の設置は必須ではないだろうか。本シンポジウムでの問題提起を契機に、再び設立に向けた動きを進めたいと考えている。

なお、本シンポジウム終了後、文化庁の「令和7年度緊急的文化遺産保護国際貢献事業(専門家交流)」に、東京文化財研究所が申請した「スーダンの被災博物館の保存・修復方針の策定に係る事業」も採択された。スーダンの被災文化遺産と博物館の保護及び復興にむけて、日本イコモス国内委員会のさらなるご協力をお願いしたい。

(国立科学博物館理事・副館長)