バーミヤーン遺跡の「今」
バーミヤーン遺跡の「今」
Bamiyan Today: Heritage and People
山田 大樹 Hiroki YAMADA
本記事では、2025年9月28日に東京文化財研究所で開催された国際シンポジウム「バーミヤーン遺跡の『今』」(主催:帝京大学、共催:ユネスコ、後援:外務省)の内容を報告する。
バーミヤーン遺跡とは
バーミヤーン遺跡は、アフガニスタン中央部のバーミヤーン渓谷に位置する遺跡群であり、2003年に「バーミヤーン渓谷の文化的景観と古代遺跡群」(以下「バーミヤーン遺跡」)として世界遺産リストに登録された。
バーミヤーン渓谷は古代からシルクロードの要衝として栄え、1世紀から13 世紀にかけて多様な文化が交錯した。3世紀から8世紀には仏教が栄え、断崖には磨崖仏や石窟群が造られ、イスラーム教がこの地にもたらされた後も地域の拠点として繁栄が続いた。
第1次ターリバーン政権による2001年3月の東西大仏の爆破は国際社会に大きな衝撃を与えた。一般には、この破壊によって露わになった大仏龕に注目が集まりがちであるが、世界遺産「バーミヤーン遺跡」は、仏教遺跡のみならずイスラーム時代の遺構を含む、重層的な歴史をもつ文化的景観として登録されている。
シンポジウム開催の背景
2002年以降、日本は積極的にバーミヤーン支援に関与してきた。日本は壁画の保存修復、イタリアは崖の補強と遺跡の安定化、ドイツは大仏破片の回収・保管など、各国で役割を分担してきた。日本の保存修復チームは東京文化財研究所を中心に5回の現地ミッションを行ったが、2013年以降は治安悪化により現地活動を中断している。
近年、バーミヤーン渓谷内では無秩序な都市開発により、文化的景観が変容しつつあり、遺産保護と地元住民の社会経済的発展との調和が喫緊の課題となっている。
現地の治安状況は「ここ40年で一番良い状態」と言われるまで改善しており、イタリアのチームはイタリア国際協力庁(AICS)の支援を受けて現地活動を再開し、「人々の生活」と「遺産の保存」を両立させるための観光開発や管理計画の策定など、新たな取り組みも進めている。
このような動向をふまえ、作業状況を共有し今後の支援のあり方を検討するため、帝京大学はユネスコの委託を受け、主に日本とイタリアの資金を用いて2025年9月24日から26日まで、バーミヤーンで文化遺産保護に携わる日本、イタリア及びドイツなどから専門家(26名)が参加する非公開専門家会議を帝京大学文化財研究所(山梨県笛吹市)にて開催した。
続く9月28日(日)には、これまでの日本の支援と、専門家会議で得られた成果を広く伝えるため、一般公開の国際シンポジウム『バーミヤーン遺跡の「今」』を開催した。
日本の壁画保存修復の成果と新発見
まず、これまでの活動の紹介として、筑波大学の谷口教授から日本チームが主導した壁画の保存修復の成果が紹介された。壁画の材料・技法を科学的に分析し、保存方法を検討する過程で、バーミヤーンの芸術的革新性を示す重要な知見が得られた。
ユーラシア大陸の絵画技術は、西側はフレスコ技法、東側はセッコ技法が主流である。しかし、バーミヤーン遺跡の仏教壁画の一部は、セッコ技法のみならず、油彩的技法が用いられていたという重要な発見がなされた。これは現時点で確認される世界最古級の油彩技法の使用例であり、ユーラシア大陸における絵画技法の発展段階を理解する上で極めて重要な知見である(注1)。
現在進行中の遺産保護活動とその意義
現在進行中の遺産保護活動として、遺跡の安定化が紹介された。特にシャフリ・ゴルゴラやシャフリ・ゾハークといった遺跡では雨水や雪解け水による浸食から遺跡を守る必要があり、作業に従事するイタリア人修復専門家のコロンボ氏からは、訪問者のアクセス路を兼ねた排水管理システムの整備に関して報告がなされた。
ユネスコカブール事務所のカサル氏からは、現地での遺跡の保護活動が、地域の安定と経済にも大きく貢献していることに言及があった。このプロジェクトは2025年9月までに地元住民に、延べ29,779人/日分の雇用を創出する見込みであると報告された。
これまでの保護活動は、主に壁画や大仏破片など遺跡そのものへの保存修復が中心であった。遺跡ばかりに注目と支援が集まる一方で、生活インフラへの支援がないがしろにされているとアフガニスタン政府や住民は不満を抱いていたとされる。現在のプロジェクトにおける実践では、多くの地元住民を文化遺産保護活動に従事させ、それが地元住民の生活基盤となり、さらに地元住民自らの文化遺産への愛着を育むという望ましい循環が生まれつつある。
残された「宿題」と未来への展望
2021年に、西大仏龕の対岸に、バーミヤーン文化センター(BCC)が竣工した。現在、この建物内に壁画の断片などが一時的に保管されている。帝京大学の山内教授は、この建物はあくまで文化センターであることから、展示、保管、修復といった機能を備えたバーミヤーン国立博物館が将来的に必要であるとの見解を示した。
また、山内教授は自身に残された「宿題」として、ユネスコの危機遺産リストからの削除、大仏破片の安全な保管、そして2013年にドイツが再構築しかけた大仏の「足」の処理や、旧バザールの無秩序な復興への懸念などを挙げた。
カサル氏は、無秩序な開発を防ぐための計画ツールやガイドラインの策定が急務であり、今後取り組むべき次のステップとして、バーミヤーン遺跡の管理計画(management plan)の提出、洪水被害から遺跡や農地を守るための治水管理の整備を示した。現在進められている洪水治水の分析は、遺跡を保護するための検討というだけでなく、住民の命や財産を守るためにも活用される。遺跡は地域と一体の存在であり、遺跡の保護プロジェクトが、地域を保護するプロジェクトにもつながる。
国際的な連携と、地元コミュニティの利益に繋がる実践的な活動の継続が、バーミヤーンの未来への鍵となることが改めて示された。
最後に、執筆者の所感として
シンポジウムではユネスコ カブール事務所が制作した映像作品『玄奘の道』の一部が公開された(注2)。この動画の中で、バーミヤーン遺跡に存在したとされる全長約380mの涅槃像と、かつての王宮についての言及があった。山内教授は、巨大な涅槃像は現在のシャフリ・ゴルゴラ斜面に位置した可能性が高いと推測しているが、いずれも未発掘である。
つまり、バーミヤーン遺跡は単に21世紀初頭に破壊された悲劇の遺跡ではなく、将来に向けて新たな歴史的知見をもたらしうる遺跡である。これらの発見により、壁画技法や建築形態、仏像の造形など、東西の文化的交流を示す重要な証拠として、世界遺産バーミヤーン遺跡の価値を一層高めることになるだろう。
日本人を含め多くの人々が再び現地を訪れる日が来たとき、文化的景観がどのように保たれ、どのような新たな発見が示されているだろうか、いつかその未来を自分の目で確かめたい。
(帝京大学文化財研究所)
【注】
1) 詳しくはTaniguchi, Y. & Cotte M. (2022). The Wall Painting of Bamiyan Afghanistan を参照http://hdl.handle.net/2241/0002005186
2) UNESCOカブール事務所のBouledroua氏によって制作されたもので、英語版がYouTubeにて公開されている。
In the footsteps of Xuangzang (part I) : https://www.youtube.com/watch?v=W4EyQMRB2ZU