輪島市黒島地区での復旧支援活動について
輪島市黒島地区での復旧支援活動について
Recovery Efforts in the Kuroshima District of Wajima City
西川 英佑 Eisuke NISHIKAWA
重要伝統的建造物群保存地区の被害概要
2024年1月1日に発生した能登半島地震では数多くの文化財建造物が被災したが、その中で重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建地区)に関しては13地区が被害を受けた。4地区が所在する金沢市では、全地区で被害が確認され、例えば、卯辰山山麓地区では、傾斜のある地形に曲折した街路沿いに寺社が配置されるが、寺社の土塀や石積擁壁が崩壊する被害が発生した。3地区が所在する高岡市でも、全地区で被害が確認され、例えば、山町筋地区で明治33年の大火の後に防火対策として建てられた土蔵造の建物では土壁が崩落するような被害が発生した。このように地区の建造物の特性や地震の揺れの特性に応じて様々な被害が発生した。ただ、これらの被災地区の中で圧倒的に被害が大きかったのは、震源に最も近かった輪島市の黒島地区である。
輪島市黒島地区の概要
黒島地区は能登半島先端の北西に位置し、海岸段丘上に南北方向に細長く形成されている。江戸後期から明治中期にかけて活躍した北前船の船主や船頭・水夫が多く居住した集落である。この地区は2007年に発生した能登半島地震で大きな被害を受けたが、地震後の復旧に合わせて歴史的な価値に関する調査も行われ、2009年に伝統的建造物群及び地割がよく旧態を保持していると評価され重要伝統的建造物群保存地区に選定された。地区内には伝統的建造物として、屋根が黒色の釉薬瓦葺、建具が格子、外壁が下見板張で統一された主屋や、同じ仕様の屋根・外壁を持った土蔵が多く残る(図1、図2)。
輪島市黒島地区の被害傾向
今回の地震では、2007年の地震と同様、地区の北寄りで被害が大きい。地区の北側には川の河口があるため、地区の地盤は北に行くほど緩くなり、これが被害を大きくしている可能性がある。また、北側では地盤に亀裂やずれ、沈下が発生した。地区は西側の海から東側の高台に向かって高くなる地形となっており、この傾斜地で敷地確保のために行った造成などが被害の要因となっている可能性もある。
伝統的建造物のうち主屋は、倒壊したものもあったが、倒壊を免れているものも、内部を確認すると、柱に折損や割裂が生じており、危険な状態となっている場合が散見される(図3)。現段階では調査中であるが、前回地震の後に十分に修理されなかったことや、復旧に合わせて行われた構造補強が効いた部分もあれば被害を招いた部分もみられ、今回の地震の被害を前回地震後の対応と合わせて分析することが重要であると考えている。またこの地区の主屋には、桁高さや壁量の異なる棟が接続することで複雑な平面形状を構成しているものが存在するが、この接続箇所における被害が散見されており(図4)、被害要因の究明や対策方法の検討も重要な課題となる。
土蔵は、前回の地震と同様、土壁の崩落が多数発生している。これまでの調査で、他の地域の土蔵と比べると、下地と軸部の接合方法が弱いことが分かっている。特に隅柱と下地の固定があまく、地震時に隅部の下地が暴れて、土が崩落したとみられるものもあった(図5)。また軸部の揺れで下地が外れて、土壁がパネル状に外れ外側に倒れたものもあった(図6)。構造上の問題点を明らかにしつつ、こういった仕様がどういった経緯で使われるようになったかも確認し、どこまでを保存すべきで、どこまで改良すべきか慎重に議論していくべきと考える。
また建物所有者にとっては、前回地震の復旧から20年も経たずして再度建物が地震で大きな被害を受け、その復旧が精神的にも経済的にも大きな負担となっている。本格的な復旧を一度に行うのではなく、優先順位の高いところから段階的に復旧を行い、場合によっては応急的な補強や暫定的な修復を組み合わせ、長期的な復旧計画を描いていくことも必要となるだろう。また前回地震から地区の高齢化も進んだ。一方でこの間、若い世代の地区への参入もあった。歴史的な町並みとともに地区のコミュニティを存続し発展させていく地区の在り方が、この地震をきっかけに地区内で話し合われている。
地震からもうすぐ一年が経過しようとしているが、まだ一部の建物で屋根修理等の軽微な修理が行われたのみで、地区全体としては復旧がまだまだ進んでいない。さらに大きな余震や大雨によって被害が進行し、倒壊した建物もでている。応急補強等の適切な対応が急がれる。
復旧に向けた取り組み
筆者は木構造の研究者の有志で集まったチームに加わり、地震直後から地区の被害状況の調査を行っている。賛同の得られた研究者および学生が参加しており、現在8大学が参加、今後もメンバーを増やし、可能な限り地区住民の要望に応え調査を継続していく予定である。
調査の目的としては、被害の要因分析と復旧時に必要な対策の検討である。建築構造分野の研究者の地震後の調査は、調査成果を今後の研究や設計に活かすことに主眼が置かれることが多く、被災建物の復旧に直接的に関わる事例が少ない。少なくとも歴史的な町並み全体の復旧にチームでサポートしようとする試みはこれまで我が国ではなかったと思う。一方で、これまで行われてきた歴史的建造物の災害復旧のための調査は文化財保存や建築史にかかわる研究者が主であったが、災害後に所有者が心配する建物の安全確保に関して助言することが難しいという課題があった。歴史的町並みを地震から復旧しさらに次回の地震に対して備えることは、既に2回の地震で被災した黒島地区にとって避けては通れない課題といえる。前回地震後の復旧においてもう少し丁寧な構造対策をしておけば今回の被害を軽減できたのではと感じたことも本活動を行い始めた理由の一つである。
地震直後は外観調査を中心に、地区全体の被害傾向を確認し、徐々に所有者の了解をとれた建物から内部の調査を行い、よく見られる被害およびその要因を調べていった。4月末には地区住民に対する自治体の説明会において時間をもらいそれまでの調査成果を住民に説明した。
その後、建物所有者の要望に応じる形で、個々の建物の被害に関する詳細調査を行い、耐震診断およびそれに基づく復旧時の構造対策の助言などを行っていく予定となっている。詳細調査では実測、被害記録、柱傾斜測定、不陸測定を行い(図7、図8)、実測結果に基づく耐震診断を実施している。また2007年の地震被害およびその後の復旧などに関するヒアリングなども行い、それらと被害の関係も分析している。さらに、余震等で被害が拡大しないよう、必要に応じて応急補強に対する助言も行っている(図9、図10)。
現在、地元の設計士が参加する調査チームとの連携を図り、修理の提案を行う設計士に構造チームの調査成果を提供している。今後も復旧における修理や補強などに対して建築構造学の観点からアドバイスを行っていく予定である。一つでも多くの建物を残すとともに、将来の災害における被害を少しでも軽減できるよう尽力していきたいと思う。
(関西大学)