第46回世界遺産委員会の主な議題と概要報告
第46回世界遺産委員会の主な議題と概要報告
Highlights and Summary of the 46th Session of the World Heritage Committee
大野 渉 Wataru ONO
1. はじめに
第46回世界遺産委員会は、2024年7月21日から31日までインドのニューデリーで開催された。インドで開催される初めての世界遺産委員会ということもあり、世界最大の民主主義国家を標榜するインドの選挙で再選して間もないモディ首相も来場し開会式が行われた。
2. 「佐渡島の金山」の登録とその他新規登録遺産について
本委員会において、「佐渡島の金山」(新潟県)の登録は日本において大きな関心が寄せられた審議の一つであった。イコモスからは、情報照会勧告が出されていたが、資産範囲の見直しや緩衝地帯の拡大などの追加勧告への対応が世界遺産委員会開催前に進められ、関係国との調整が済み合意が得られているとして、世界遺産一覧表に記載する修正案が提出され、世界遺産に登録された。
最近の世界遺産委員会では、推薦書が提出されてから世界遺産委員会で審議されるまでの期間に、推薦国と諮問機関(文化遺産についてはイコモス)との対話が行われるようになり、そのために記載勧告が出される傾向にあるように思われる。本委員会では、審査された文化遺産18件(拡張申請、緊急審議除く)のうち、14件が記載勧告であった(参考情報1)。情報照会勧告が出されていたのは、「佐渡島の金山」、「人権、解放、和解:ネルソン・マンデラの遺産」(南アフリカ)」、「植民地時代のパナマ地峡越えルート」(パナマ)の3件、記載延期の勧告は「ヘグマタネ」(イラン)の1件で、事前に取り下げされたものが3件であり、不記載勧告のまま審議にいたったものはなかった。
情報照会の勧告が示されていた3件について、「佐渡島の金山」は前述のとおり登録された他、「人権、解放、和解:ネルソン・マンデラの遺産」についても、諮問機関によって指摘されていた個人名を資産名称に入れることの是非や、ネルソン・マンデラ氏以外の人々の貢献に着目する方向での価値づけの見直しなどについて議論された上で、マンデラ氏と交流があったガンジーの国であるインドの強いサポートもあり、21カ国からなる委員国すべての支持を獲得して登録に至った。この資産は第45回委員会から登録が始まった「記憶のサイト(site of memory)」の4件目になる。「植民地時代のパナマ地峡越えルート」については、いくつかの問題を抱えており、情報照会の決議に至った。記載延期勧告を受けていた「ヘグマタネ」は、イコモスから課題が指摘されていた地区を除外して、考古学的な価値と適合する資産範囲に限定することにより登録された。
今回の世界遺産委員会では、上記の審議に加えて、緊急案件として登録されたガザ地区の「聖ヒラリオン修道院」(パレスチナ)を含めた文化遺産19件、自然遺産4件、複合遺産1件が新たに一覧表に登録されることとなり、世界遺産一覧表の総数は1223件となった。また、日本の世界遺産は26件(文化遺産21件、自然遺産5件、複合遺産0件)、日本の暫定リストは文化遺産4件になった。なお、日本の暫定リスト掲載案件のうち、「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県、橿原市、桜井市、明日香村)は、2025年2月1日までに正式に推薦書を提出することが決まっており、「彦根城」(滋賀県、彦根市)は後述のとおり、手続きが進められている。日本では、暫定リストへの新規資産の追加に関して文化審議会で検討されているが、世界的にも暫定リストの作成、修正が進められている。
3. 事前審査について
新規登録にかかる新たな審査の手続きとして導入された事前審査(プレリミナリー・アセスメント、PA)について(参考情報2)、初めての提出期限であった2023年9月15日までに、日本の「彦根城」を含む14件(文化遺産11件、自然遺産1件、複合遺産2件)が提出され、書類上不備はなくすべてが受理されたことが報告された。隣国の中国からは「景徳鎮における磁器産業の文化的景観 」、韓国からは「漢陽の首都要塞 」、北朝鮮からは「高句麗の首都平壌の遺跡」が提出されている。
PAに対する諮問機関の回答は、2024年10月1日に各締約国に対して示されましたが内容は非公表となっている。なお、「彦根城」については文化庁から回答の概要が発表されている(参考情報3)。正式な推薦書の提出には1年間の期間を設けることになっており、2028年に開催される第50回世界遺産委員会で審議されるものからはPA手続きを完了していることが必須となるが、今回は試行期間であり任意での実施となっている。今回PAの手続きを経た申請案件は、最短で2027年に開催される第49回世界遺産委員会で審議されることになる。また、PAには5年間の有効期限が設けられており、5年以内に正式な推薦書の提出が行われない場合には、再度PA手続きを行うことが必要である。
ただし、この新たなPAの手続きについてはすべての国が賛成しているわけではなく、インドなど必須手続きとすることに反対を表明する国もある。また、現在のルールでは、暫定リストに掲載されてからPA手続きの開始までに1年を開けることになっているが、これについてはより迅速に手続きを開始できるよう改定するなどの議論がすでに進められているようである。
4. 文化遺産における危機遺産勧告2件の見送りについて
今回の世界遺産委員会では、「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」(イギリス)と「仏陀の生誕地ルンビニ」(ネパール)について危機遺産とする勧告が諮問機関から出されていたが、どちらも世界遺産委員会の議論で見送られた。
「ストーンヘンジ」については、1986年に世界遺産に登録された当時から付近を通過する道路A303の閉鎖(移設)問題が指摘されており、1992年に最初の保全状況報告が提出されて以降30年以上にわたり継続して議論が行われてきた経緯がある。諮問機関は、A303道路の改良策として承認されたトンネルの出口が資産範囲内にあることを問題視し、危機遺産とすることを勧告したが、30年にわたり50以上の案を比較し、実現可能な配慮を最大限行っていることなどを考慮して、世界遺産委員会では危機遺産とすることは見送られることとされた(参考情報4)。
「仏陀の生誕地ルンビニ」については、現地調査により資産の劣化が確認されたこと、マヤ・デヴィ寺院のシェルターや新たに建設された5000人収容可能な仏教瞑想ホールなどの個別の事業に懸念があることから、諮問機関は危機遺産とすることを勧告した。一部の国は、危機遺産とすることを支持したが、ネパール政府が新たな開発について遺産影響評価を実施することが確認され、開催国のインドをはじめとする多くの国が危機遺産とするには時期尚早でるとの意見を示し、危機遺産とすることは見送られた。
5. 次回の世界遺産委員会について
次回第47回世界遺産委員会は、ブルガリアの首都ソフィアで2025年7月6日(日)から16日(水)まで開催される。この委員会では日本からの推薦案件の審議は予定されていない。なお、日本の委員国としての任期最後の委員会でとなる。
参考情報
注1)第46回世界遺産委員会における審議事項の決議報告(世界遺産センターより・英文)
https://whc.unesco.org/document/207010
注2)事前評価制度については、世界遺産条約の履行のための運用指針の付録資料6に詳細が記されているので参照されたい。
https://whc.unesco.org/en/guidelines/
注3)「彦根城」に係るイコモス事前評価結果についての文化庁の概要報告
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94121701.html
注4)世界遺産の登録資産に係る過去の審議資料は世界遺産センターのホームページに掲載されている。例えば、「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」については以下を参照されたい。