「佐渡島の金山」の世界遺産登録を顧みて


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「佐渡島の金山」の世界遺産登録を顧みて

Looking Back on the World Heritage Inscription of the "Sado Island Gold Mines"

澤田 敦 Atsushi SAWADA

「佐渡島の金山」のシンボル「道遊の割戸」
「佐渡島の金山」のシンボル「道遊の割戸」

はじめに

2024年7月27日、インド、ニューデリーで開催された第46回世界遺産委員会において、「佐渡島(さど)の金山」の世界遺産登録が全会一致で決議された。ここでは、「「佐渡島の金山」の世界遺産登録を顧みて」と題して、世界遺産登録に至るまでの歩み、「佐渡島の金山」の顕著な普遍的価値と資産、「佐渡島の金山」の今後について説明する。

1. 世界遺産登録に至るまでの歩み

世界遺産登録に向けた活動は、1997年に佐渡の住民有志が佐渡島の相川で開催した勉強会を嚆矢とし、四半世紀以上に渡る取組の歴史がある。新潟県が本格的に世界遺産を目指すこととし、職員を配置したのは2006年のことであった。ちょうどこの頃、国が世界遺産候補を自治体から公募したため、提案書を提出して、世界遺産暫定一覧表入りを目指し、2010年「金を中心とする佐渡鉱山の遺産群」としてユネスコの暫定一覧表に記載された。

暫定一覧表記載直後の同年には、国内候補選定を目指して佐渡金銀山世界文化遺産学術委員会を設置して委員の指導を受け、2015年から推薦書原案を提出した。しかしながら、国内の他の候補との競合もあり選外が続いた。ようやく、2021年に国文化審議会の選定の答申を受け、翌2022年2月に日本政府はユネスコへ推薦書を提出したが、ユネスコから推薦書の不備を指摘され、2023年1月に推薦書を再提出した。その後、再提出した推薦書に基づいてイコモスによる審査が行われ、2023年8月には現地調査が行われた。

図1「佐渡島の金山」登録推進のこれまでの歩み

イコモスの審査結果は2024年6月6日に公表され、「佐渡島の金山」は「情報照会」を勧告された。勧告では、①資産範囲からの北沢地区の除外、②相川地区沖合への緩衝地帯の拡張、③鉱業権者による商業採掘を再開しないことの明示の追加情報が求められたが、日本政府と新潟県、佐渡市は、インドで開催される第46回世界遺産委員会での登録を目指すこととし、委員会開催までにこの3件の課題をクリアーした。そして、世界遺産委員会では世界遺産一覧表への記載を提案する修正決議案が提出され、「佐渡島の金山」の世界遺産登録が採択された。

2. 「佐渡島の金山」の顕著な普遍的価値と資産

第46回世界遺産委員会で決議された「佐渡島の金山」の価値は、登録基準ⅳに基づいた「「佐渡島の金山」は、世界の他の地域において採鉱等の機械化が進んだ時代に、高度な手工業による採鉱と製錬技術を継続したアジアにおける他に類を見ない事例である。」というものである。

推薦書では、佐渡における金生産システムを生産体制と生産技術からなるものと評価し、生産体制の属性を徳川幕府による大規模な管理運営と鉱山由来の文化、生産技術の属性を伝統的手工業による鉱山技術と一連の生産工程とし、生産体制が登録基準ⅲ、生産技術は登録基準ⅳに該当すると説明した(図2)。しかし、イコモスは登録基準ⅲを認めず、登録基準ⅳのみを採用した。一方でイコモスは、推薦書において登録基準ⅲの属性とした幕府による管理を、登録基準ⅳを正当化するものと評価し、その有形の物証となる佐渡奉行所や相川地区の集落などを推薦書提案どおり資産として認めた(図3)。結果的に、イコモス勧告への対応として北沢地区を除外したことを除き、推薦書で記載した資産範囲がそのまま認められた。また、イコモスは、当時の鉱山の管理文書や絵巻物など豊富な文書や絵図による記録が残されていることを高く評価しており、これも佐渡独特の価値となっている。

図2 「佐渡島の金山」の登録基準と価値の観点(推薦書)

図3 「佐渡島の金山」の登録基準と価値のポイント

次に、「佐渡島の金山」の資産について、「佐渡島の金山」の顕著な普遍的価値である金生産技術を踏まえながら説明する。

「佐渡島の金山」は、西三川砂金山と相川鶴子金銀山の三つ構成資産からなる。前者は堆積砂金鉱床、後者は金銀鉱脈鉱床という異なるタイプの鉱床の鉱山であり、それぞれの鉱床の特徴に応じて、伝統的手工業を基盤とした技術が発展した(図4)。

図4 伝統的手工業による鉱山技術(鉱床に適した採鉱技術)

図5  歴史史料に描かれた西三川砂金山の「大流し」

西三川砂金山の堆積砂金鉱床では、「大流し」と呼ばれる西三川砂金山独特の採掘・選鉱技術が用いられた。「大流し」では、①砂金層を含む山を人力で掘り崩して土砂を溜める(図5a)、②溜めた土砂に堤から水を勢いよく流して不用な土砂を洗い流す(図5b)、③残った土砂を回収して比重選鉱を行って砂金を取り上げる(図5c~f)、という作業が行われた。そして、西三川砂金山の資産範囲には、掘り崩された山、山間の川や沢から堤に水を引いた導水路、水を溜めた堤、堤から水を流した配水路などの痕跡、すなわち「大流し」の物証が良好な状態で残されている。

金銀鉱脈鉱床がある相川鶴子金銀山は、鶴子銀山と相川金銀山の二つの鉱山からなり、鉱脈から金銀を含む鉱石を人力で採掘する方法や鉱石から金銀を取り出して純度を高める技術が発展した。鶴子銀山では、地表に露出する鉱脈を掘削する露頭掘り、地表から鉱脈を追って地中に掘り進めるひ追い掘り、山麓から鉱脈に向かって水平に坑道を掘り進める坑道掘りの各種痕跡を確認でき、相川金銀山では、鉱脈がより大規模かつ地下深くに及ぶため、採掘の痕跡も大規模になった。相川金銀山の道遊の割戸は「佐渡島の金山」のシンボルともいえる露頭掘り跡であり、鉱脈だけを人力で掘り進めた結果、山が割れたように残ったという世界的に見ても稀な遺構である。

また、酸欠や湧水への対策として、本坑道と通気坑道の二本の坑道を並行して掘削した大切山間歩や長さ992mの排水坑道である南沢疎水道が掘削され、高度な掘削や測量技術をうかがうことができる。大切山間歩では、二本の坑道を数か所の連結坑で結ぶことによって空気循環を生じさせている。一方、南沢疎水道は、採掘が海水面下に及んだことにより増加した湧水を排水するため掘削されたもので、地表から掘削した2カ所の竪坑からの両方向の掘削を含む6か所から同時に掘り進めて1本の坑道とする「迎え掘り」という、当時としては画期的な方法で掘削された。いずれの坑道も高度な掘削、測量技術を必要とする、当時のきわめて完成度の高い技術の物証である(図6)。

図6  相川鶴子金銀山の採鉱技術:技術の改良(深化)の物証

金銀鉱脈鉱床から得られた鉱石は、そのままでは金や銀にはならないため、選鉱では鉱石を石臼などで粉砕して水を用いた比重選鉱、製錬・精錬では灰吹法や塩を使った金銀分離法である焼金法などの手法を組み合わせて工程を精緻化するなどして、きわめて高品質の金を生産した。

一方、「佐渡島の金山」における金生産システムのもう一つの要素である管理運営については、集落遺跡や管理施設の遺跡から理解することができる。西三川砂金山では、「大流し」が村の共同作業で代々行われており、集落は砂金採掘によってできた平坦地に営まれ、敷地や建物の配置に規則性が見られない。相川鶴子金銀山では丘陵上を造成して集落が営まれたが、鶴子から相川へ金生産が大規模化したことに伴って、集落の規模や区画の規則性、計画性が高まったことがわかる。鶴子銀山では、集落は地形に沿って大小の不定形な平坦地が造成され、これらをつなぐ直線的な道路は認められないが、相川金銀山の集落遺跡は、初期の上相川地区、より新しい相川上町地区とも幹線道路に短冊形の地割が配置された計画的なものである。また、鶴子から上相川、相川上町への変遷において、鉱山運営に関わる職業別居住が進められ、職住一体の計画的で大規模な鉱山町へと発展していったことがうかがえる。管理施設の遺跡においても、相川金銀山の佐渡奉行所は、金山の管理運営の発展を反映した、鶴子銀山の管理施設に比べて格段に大規模で複雑な構造のものとなっている。

3. 「佐渡島の金山」の今後

「佐渡島の金山」が世界遺産に登録されたことにより、新潟県と佐渡市は、その資産の保存・活用に取り組み、次の世代に継承するという責務を負うこととなった。「佐渡島の金山」の資産範囲は広大であり、鉱山や集落の遺跡、建造物、景観など多様な要素の文化財が含まれることから、その保存・管理はきわめて重要な課題である。構成資産の保存管理については、包括的な保存・管理体制である「佐渡島の金山」世界遺産会議を構築し、文化財の種別に応じて策定した保存管理計画と推薦書に添付した包括的保存管理計画に基づいて実施されることとなっている。

図7 文化財の保存修理(西三川砂金山 笹川集落 金子勘三郎家)

資産の中には劣化・損壊した文化財もあり、その修理・整備は喫緊の課題である。例えば、現在の佐渡奉行所は、幕末の安政年間の佐渡奉行所の役所部分を2000年に復元・整備したものである。発掘調査の成果や絵図面、古写真などを根拠として、史実に基づいた、伝統工法による復元が行われた。近年では、西三川砂金山において世話役や名主等を代々務め、村人をとりまとめて奉行所との橋渡しを担った金子勘三郎家住宅の修理に取り組んでいる(図7)。また、相川金銀山の初期の集落遺跡である上相川地区では伐採やサイン設置などの整備を進めており、将来は地図を片手に散策できるよう準備を進めている。こうした資産の保存・管理・活用のための修理・整備は、佐渡市が主体となり新潟県が支援する形で、今後とも計画的に進めていく予定である。

資産の範囲は、文化財保護法に基づき国指定史跡や国選定重要文化的景観となっており、同法に規定された保存措置が講じられている。これをとりまく緩衝地帯は、景観法に基づいて制定された佐渡市景観条例・景観計画による景観特別区域に位置付けられており、景観保全が図られている。また、これに適合しない既存の建物等については、改修・建替えの機会などを利用して適切な景観に誘導していく方針である。こうした既存の法的保護措置に加え、遺産影響評価(HIA)の実施に備え、実施マニュアルを整備する予定である。

価値の発信に関しては、「佐渡島の金山」の世界遺産登録実現に向け、その価値の理解促進を図るため、体験ツアーや講演会・講座の実施、県内外で開催されるイベントへの出展などを行ってきた。加えて、将来の保存・管理・活用の担い手となる次世代を対象とした取組として、小中学生を対象とした出前授業や小学生対象の「子どもサミット」を実施してきた。こうした「佐渡島の金山」の価値の発信については、これまでの取組の継続に加えて、より多くの方々にその価値を理解していただくため、文化財や歴史への関心度や年齢に応じた幅広い方々を対象として取り組む必要があると考えており、対象にあわせた手法による発信を進める予定である。

発信だけでなく、新たな価値を掘り起して磨き上げる取組も重要である。これまでも世界遺産登録に向け、長年にわたり調査研究を進めてきたが、資産全体のごく一部を対象としたのみである。今後の調査は世界遺産委員会から追加勧告された事項でもあり、引き続き、調査研究を実施して、価値の理解や新たな価値の発見に努める所存である。

佐渡島は、「佐渡島の金山」以外にも、その深い歴史を背景とした建造物や民俗芸能、記念物などの多様な文化財、豊かな自然が存在し、世界農業遺産(GIAHS)や日本ジオパークにも認定されている。「佐渡島の金山」とこれら多種多様な文化・自然資源は、その価値においても密接な関わりを持っており、これらを包括した佐渡島全体の歴史・文化・自然を説明するストーリー作りも重要である。

「佐渡島の金山」を持続的に保全していくためには、地域住民との連携・協力が必要不可欠である。これまでも、佐渡市が中心となって、佐渡島の豊かな歴史・文化・自然を学び保全する場を活かした取組が進められてきた。さらに、こうした取組から文化資源の保存・管理・活用の促進と地域コミュニティの維持・活性化との好循環を作り出していきたい。

(新潟県観光文化スポーツ部 文化課 世界遺産登録推進室)