研究会報告EP(若手専門家)委員会 オーセンティシティに関する連続研究会 第5回「無形文化遺産(和菓子)のオーセンティシティから考える」
研究会報告EP(若手専門家)委員会 オーセンティシティに関する連続研究会 第5回「無形文化遺産(和菓子)のオーセンティシティから考える」
The 5th Seminar Report of the EP Webinar Series on Authenticity: "Exploring Authenticity through Intangible Cultural Heritage (Wagashi)"
山田 大樹 Hiroki YAMADA
2024年3月30日、帝京大学霞ヶ関キャンパスとZoomを併用して、「無形文化遺産(和菓子)のオーセンティシティから考える」というテーマで、第5回オーセンティシティ研究会を開催しました。本研究会は、EP(若手専門家)委員会(以下、EP委員会)の主催によるもので、山田(筆者)が企画・司会進行を務めました。本連続研究会は、文化遺産における「オーセンティシティ」の概念を多角的に探求することを目的としており、今回は特に日本の伝統的な和菓子を題材に、無形文化遺産におけるオーセンティシティについて議論しました。
1. 開催趣旨
建築遺産を修復する際に用いる伝統技術や寺社で行われる儀式、文化的景観の連想的価値の認識など、有形遺産にも無形のオーセンティシティの側面が見られます。しかし、「無形文化遺産条約」ではオーセンティシティという語は用いられておらず、無形文化遺産条約「大和宣言」(2004年)では、有形文化遺産に適用される場合の「オーセンティシティ」という言葉は無形文化遺産を認識、保護する際には適切ではないと結論づけています。それでも、未だに無形文化遺産の文脈で「オーセンティシティ」が議論されています。和食はユネスコ無形文化遺産として登録されており、今回の取り上げる和菓子は登録無形文化遺産「菓銘をもつ生菓子(練切・こなし)」が新たに登録され、その独自性や伝統が評価されました。この機会に、有形文化遺産の文脈とは異なる、和菓子のオーセンティシティに関する研究を伺うことで、オーセンティシティ概念の視野を広げる機会としました。
2. 講演内容
帝京大学の森崎美穂子准教授に、和菓子のオーセンティシティに関して講演いただきました。森崎氏はこれまで、ユネスコ無形文化遺産にフランスの美食術および日本の和食が登録されたことから、テロワール産品としての和菓子の可能性を模索されています。テロワール産品とは、特定の地理的条件と人間の活動が組み合わさった農産品や食品を指し、地域性と伝統が重視されています。ただし、テロワール産品であっても気候変動といった大波には抗えず、味や作物家畜品種といったオーセンティシティも変化せざるを得ないとも指摘されました。森崎氏は、和菓子の価値が多様にあることを説明した上で、コンヴァシオン理論と価値付け研究を組み合わせて、ステークホルダーごとに価値が異なり、オーセンティシティも異なると説明されました。今後、和菓子がフランスなど世界に展開する中で、これまで茶道と結びついてきた価値が別の形で評価されており、新たなステークホルダーによって和菓子の新たな価値が立ち上がってくるだろうと展望が述べられました。
3. 質疑応答
質疑応答では、「そもそも食文化は文化遺産として守って伝えるべきものなのだろうか」という質問がありました。森崎氏は、無形文化遺産におけるオーセンティシティが有形文化遺産とは異なり、無形文化遺産は変化を受け入れやすく、時代や社会の変化に応じてそのオーセンティシティも移ろいやすいことが前提であることを説明しました。その上で、和菓子の材料や製造技術が進化する中で、そのオーセンティシティがどのように保たれるべきかが議論されました。(例えば、練切やこなしと呼ばれる菓子は、現在も籐製の「とおし」や竹製の道具など、伝統的な道具で菓子の細工を行っている点など)
また、テロワール産品は景観と結びつくことが非常に重要になっており、美味しいといった本質は必要ではあるが、その背景にあるストーリーや、その地域での人々の営みと環境との相互関係こそが重要であるという森崎氏の指摘がありました。
筆者が個人的に強く感じたことは、和菓子の隠喩的な形態とその菓銘は、その背後にある日本の風景や習慣などをよく理解していることで、ようやく読み取ることができるものということです。たとえ和菓子にオーセンティシティがあっても、それを読み取れなければ理解できないということです。その観点では、文化的景観のカテゴリー3の「連想的景観」に近いものがあるなと感じました。また、和菓子の価値は、和菓子単体だけであるのではなく、本来お茶と共に楽しむ文化の中にあり、茶会のテーマに合わせて掛け軸や器の銘と一緒に出された時に菓子の本当の価値が理解できるのかもしれません。それを考えると、我々は茶室を含めた有形・無形を合わせた包括的な文化的空間を守り伝えていく必要と、それを理解する教養を身につけていく必要があるのだと感じました。
*本研究会の報告書は、すでにイコモス国内委員会のHPにて公開されています。ご関心のある方はこちらをご覧ください。
第5回「オーセンティシティに関する連続研究会」記録集