阿蘇地域における草原の再認識活動から見る資源集成制度の関係性


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阿蘇地域における草原の再認識活動から見る資源集成制度の関係性

Relationships among Local Resource Network Systems Focusing on the Recognition of the Grass Fields in Aso Area

小嶋 海輝 Kaiki KOJIMA / 岡村 祐 Yu OKAMURA

阿蘇火山博物館から望む草千里
阿蘇火山博物館から望む草千里

1. はじめに

阿蘇地域(阿蘇市、南阿蘇村、小国町、南小国町、産山村、高森町、西原村、山都町の複数の自治体にまたがる範囲)は熊本県の北東部に位置し、南北25km、東西18km、周囲128kmという世界最大級のカルデラ地形が大きな特徴の地域であり、中心部には阿蘇山がそびえる。中岳の火口は有数の観光地であり、間近に噴火口を覗くことができる。近辺には、草原が大きく広がる草千里や、噴火によって形成された米塚などのスポットが存在する。また、阿蘇五岳を眺める大観峰も人気の観光地のひとつである。火山に近いことから温泉にも恵まれており、内牧温泉や栃木温泉、赤水温泉などの温泉地がある。このように阿蘇地域では、その地質的特徴から様々な地域資源が存在し、それらの資源をまとめるために資源集成制度が用いられている。

本稿では、資源集成制度の特徴である、①「地域に点在する資源(文化、景観、自然、人々の生活など地域の特徴となり、観光資源となる可能性のあるもの)を特定し、②ストーリーやネットワーク、テーマなどに則って一体のものとして捉え、③関係主体が地域資源の発掘‧調査をし、認定したうえで、保存や地域住民への継承、活用などを行うといった流れに沿って活動を展開する点に着目する。それでは、阿蘇地域において、どのような資源集成制度が導入されているのだろうか。阿蘇くじゅう国立公園、阿蘇地域世界農業遺産、阿蘇ジオパーク、阿蘇エコツーリズム、ASO田園空間博物館といった制度の導入が確認でき、その概要を整理したのが表1である。

表1 阿蘇地域における資源集成制度の概要

2. 資源集成制度の対象資源・組織・活動

はじめに、各資源集成制度のなかで特定されている資源の位置を示す(図1)。各制度のほとんどの対象資源が阿蘇くじゅう国立公園の範囲内に属しており、特に阿蘇ジオ パークと阿蘇エコツーリズムの対象資源は国立公園の特別地域内に多く存在する。また、阿蘇地域世界農業遺産の対象資源は、阿蘇市の白川へ合流する河川や南阿蘇村の黒川沿いなどに分布していることがわかる。

資源の種類に着目したものが表2である(開発規制‧土地利用規制を主な手段とする国立公園は、この表では除外する)。草原や中岳火口などの自然資源は、阿蘇地域の代表的な地域資源であることから、多くの資源集成制度の対象資源である。水源は阿蘇の地質的な特徴であることや、阿蘇地域の農業に深く関わっていることから、 阿蘇地域世界農業遺産、阿蘇ジオパーク、阿蘇くじゅう国立公園の主要資源である。

図1 各資源集成制度の対象資源の位置

表2 阿蘇地域における各資源集成制度の主な対象資源

つづいて、阿蘇地域における資源集成制度の変遷をみてみたい。図2に示すように、時代としては三期に区分でき、これまでに国立公園の指定に始まり、現在まで各種制度が導入されてきたことがわかる。1930年代に国立公園に指定された時期を第1期とした。明治期に入って登山の対象となった阿蘇山は、雄大な自然風景が評価され、阿蘇国立公園(のちに阿蘇くじゅう国立公園に名称・範囲を変更)が新たに注目された。

1990年代から2000年代に至る時期を第2期とし、ASO田園空間博物館の発足やそれによる整備、阿蘇火山博物館によるガイドツアーの実施など現在の地域づくりの基盤が形成された。阿蘇市は以前から取り組んでいた農村総合整備事業の後継事業として田園空間博物館の活動を位置づけており、従来農道として整備されてきた場所をフットパスに置き換え、ハード面の整備を図った。その後、任意団体として活動し、住民を中心にサテライトの保護をしている。また、2003年に阿蘇火山博物館が展示の補助システムとしてガイドツアーを導入し、エコツーリズムの前身となった。各制度の活動の重なりとして、2005年には阿蘇草原再生協議会が発足し、のちに阿蘇くじゅう国立公園のほか阿蘇地域世界農業遺産、阿蘇ジオパークが参加して草原の維持・活用などの活動に取り組んだことがみられた。

2010年代から現代に至る時期を第3期とし、ユネスコ世界ジオパークやエコツーリズムの認定、その他観光にかかわる制度の導入が多く見られ、世界的なブランドが確立された。2012年に阿蘇地域のシェフによって世界農業遺産への登録が提言され、行政と連携して認定に向けて取り組んだ。また、世界的なブランドを得ることができるのではないかという動機のもと、阿蘇地域振興デザインセンターを中心に認定に向けて取り組み、ユネスコ世界ジオパークに認定された。各制度の活動の重なりとして、阿蘇草原再生協議会に所属する3つの集成制度を含んだ阿蘇草原再生関係連絡会議が発足され、草原についての情報共有などが強化されたほか、2019年に阿蘇ジオパークによるエコツーリズム推進全体構想の提出がみられた。なお、図中のピンクの帯は、各制度間で強いつながりがみられた出来事である。

図2 阿蘇地域における各資源集成制度の変遷

最後に、複数の資源集成制度の現在の活動についてもみてみたい。3つ以上の集成制度が連携していた活動として、阿蘇地域世界農業遺産を除く4団体のガイド研修会での活動が確認できたほか、阿蘇くじゅう国立公園、阿蘇地域世界農業遺産、阿蘇ジオパークによる阿蘇草原再生協議会や阿蘇草原関係団体連絡会議による活動がみられた。このほかにも、ASO田園空間博物館の発行する季節誌「あかうしのあくび」による阿蘇ジオパークの活動紹介や、阿蘇エコツーリズムが「食」をテーマにツアーをする際に阿蘇地域世界農業遺産と絡めて説明するなどの資源集成制度個別の関わりも少なからずみられた。

以上より、資源集成制度の対象資源、組織の変遷、現在の活動の関わりや重なりについてまとめたものを図3に示す。色つきで示したものが対象資源の範囲であり、資源の種類によって重なりの違いがみられた。点線で囲んだ活動が複数の制度をまたぐ活動であり、阿蘇草原再生協議会やガイドでの活動がみられた。矢印で示した活動が他の制度への参画活動であり、それぞれの活動同士で関係性を築いていることがわかった。

図3 阿蘇地域における各資源集成制度の関係性

3. 草原の再認識活動における資源集成制度の関わり

まず、阿蘇地域における草原に関する活動を、各集成制度の活動に照合させたものを表3に示す。①では阿蘇くじゅう国立公園の公園計画による自然公園の保護、②では阿蘇くじゅう国立公園や阿蘇地域世界農業遺産による野焼きや茅刈りの支援、③ではASO田園博物館による草原維持管理費の寄付、④では阿蘇くじゅう国立公園、阿蘇地域世界農業遺産、阿蘇ジオパークによる学習発表会、⑤では阿蘇草原再生協議会でのASO草原フェスティバルの開催、⑥ではASO田園空間博物館による牧野ライドや阿蘇エコツーリズムによるエコツアーの開催などが例として挙げられる。そのうち、④風土の再認識活動において、複数の制度が密接に関わっていた。資源集成制度の運営組織の阿蘇草原再生協議会への関与について明らかにするために、阿蘇草原再生協議会において風土の再認識活動を行っている草原環境学習小委員会の活動に着目した。その構成の変遷を図4に示す。

表3 草原を対象とした各資源集成制度の活動

図4 阿蘇草原再生協議会草原環境学習小委員会の組織構成の変遷

2011年に阿蘇ジオパーク推進協議会、2012年に阿蘇地域世界農業遺産推進協議会が加入し、大地の成り立ちや農業的な視点から草原を捉える役割をもった。2015年から連携を強固にするという狙いのもと、小委員会での会議を環境省と阿蘇地域世界農業遺産が共同主催した。阿蘇草原再生協議会の具体的な取り組みとしては、草原をテーマにした「学習」「保全・再生」「利活用」の推進を図る阿蘇草原保全活動センターの開設や、学校授業での草原環境学習の導入と定着を目標とした阿蘇草原キッズ・プロジェクトが挙げられる。以上より草原に直接的に関わっている組織だけでなく資源集成制度が関わることで、他の地域資源と絡めながら草原を捉えることが可能になった。

2018年からは阿蘇草原再生協議会、阿蘇地域世界農業遺産推進協議会、阿蘇ジオパーク推進協議会を含んだ阿蘇地域各種団体事務局連絡会議、現在の阿蘇草原関係団体連絡会議が発足した。この組織ではこれまでの草原環境学習に加えて、子ども地域学習発表会などの活動をしている。子ども地域学習発表会では、阿蘇地域の子どもたちにとって当たり前の存在である草原を火山の恵みと絡めて話すことでより実感をもってジオパークを知ることができたほか、農業システムと結びつけて話すことで草原の大切さを知ることができた。複数の資源集成制度が関わることで、同じ方向を向いてお互いの動きを把握することや、草原の理解を深めることで、草原と関連する対象資源との関係性を強固にすることができた。

4. おわりに

以上より、阿蘇地域において資源集成制度を複数導入し運用するなかで、共通する資源である草原に関して情報共有や意見交換できる組織に参加することによって、草原と他の共通する資源を結びつけるなど、資源の見方を増やすことが可能になり、地域住民や地域資源が関わる多様な主体が草原をより多角的に捉えることが可能になったと言える。また、阿蘇草原再生協議会を通じた活動は、各集成制度にとって「草原保全」という同じ方向を向いてお互いの動きを把握できる利点をもつことが明らかになった。この先阿蘇地域が世界遺産を目指す中で、このような資源集成制度同士の関係性の強固が、登録に向けての一助になると期待できる。

本稿は、以下の論文を再編して掲載したものです。

小嶋海輝・岡村祐(2024):阿蘇地域における草原の再認識活動から見る資源集成制度の関係性,日本建築学会大会学術講演梗概集, F-1(選抜梗概),pp.185-188

(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 観光科学域)