特集にあたって :地域の遺産を面的に捉える「資源集成制度」が共存することの意義と効果
特集にあたって :地域の遺産を面的に捉える「資源集成制度」が共存することの意義と効果
The Significance and Effectiveness of the Coexistence of a 'Local Resource Network system' to comprehensively capture the heritage within the region
岡村 祐 Yu OKAMURA(本号特集担当)
近年、歴史文化遺産の保護において、地域に存在する複数の資源を一体のものとして捉え、共通のテーマやストーリーを通じて新たな価値を創造し、それらを包括的に保存・活用する取り組みが注目されている。日本遺産を例に挙げると、国内で約100の地域が認定され、地域の有形・無形の文化財を一つのストーリーでパッケージ化し、拠点施設の整備や体験型プログラムの提供、パンフレットの制作などを通じて地域全体として一体的な保存・活用が進められている。本特集では、文化財保護の枠を超え、まちづくりや観光といった文脈における同様の取り組みにも焦点を当て、これを「資源集成制度」と呼ぶ(注1)。
まず、地域が「資源集成制度」に着目する理由を考察したい。第一に、文化財保護制度の発展とともに、文化財を面的に捉えるという視点が獲得されてきたことを指摘できる。例えば、文化財類型として伝統的建造物群保存地区や文化的景観のように複数の資源から構成されるものや、歴史文化基本構想、文化財保存活用地域計画など地域として文化財を捉えるものなど保護制度が拡充し、地域全体の文化財を統合的に保護する考え方がこの50年で大きく前進してきた。これは、従来の個別の優れた資源に重点を置く考え方から、地域全体の価値を引き出そうとする方向への転換を示している。
第二に、地域づくり・まちづくりや観光を通じた活用を前提とした動きが活発化してきたことである。例えば、歴史まちづくり法に基づく「歴史的風致」は、ハードとしての建造物およびソフトとしての人々の活動を統合し、その魅力を引き出す資源集成の代表例である。観光に関連する分野では、地域の資源を「屋根のない博物館(エコミュージアム)」として活用する動きが進み、エコツーリズムの取り組みも自然資源に加え、人文資源を組み合わせ、市民が主体となって展開されている。また、日本遺産制度においては、観光庁と文化庁が共同で地域のストーリーを観光資源として活用する仕組みを確立している。その他、世界的枠組みとして、世界ジオパーク(ユネスコ)や世界農業遺産(国際連合食糧農業機関)など、地域にとって重要な地質や農業をとりまく地域環境を総合的に捉える取り組みもある。
第三に、資源の保存や活用において市民の主体的な関与が強まっている点が挙げられる。市民の視点からは、従来の文化財類型に依存せず、地域全体の資源を一体的に捉えたり、地域固有の評価軸で資源を特定したりすることなどが重要視されている。遠野遺産(岩手県遠野市)などの「地域遺産制度」はその一例であり、地域独自のテーマに基づき資源を集め、活用を重視する仕組みである(注2)。
こうした背景のもと、我が国では、(自然環境も含め)歴史文化遺産の保存や活用において、複数の分野で「資源集成」を目指した取り組みが進展している。この流れの中で、複数の「資源集成制度」が重複して導入されている地域が存在している。これらの地域では、異なる目的や機能を持つ複数の制度が同時に適用されており、それぞれが相互に補完し合う形で地域全体の保護・活用に寄与している。例えば、主要な遺産の周囲に設定される「バッファーゾーン」は、重要な遺産の周囲の環境を保護し、景観や歴史的な価値を維持する役割を果たしている。一方で、保存を主目的とする制度と、地域の観光振興や経済的活性化を目指す活用を主目的とする制度が、相互に補完的な役割を担っているケースも多い。同様に、自然と文化、有形と無形など異なる資源種別を対象とした制度が共存することで、相互補完的役割が期待できる。さらに、こうした資源集成の取り組みは、地域の特性や導入時の条件に応じて、段階的に発展していく場合もある。例えば、比較的導入のハードルが低い制度からスタートし、地域のニーズや成熟度に応じて、より高度な制度に移行するプロセスを支援する制度も存在する。このように、空間的側面、政策的側面、時間的側面などの点において、「資源集成制度」が共存することの意義を理解することができる。
そこで本特集では、こうした「資源集成制度」が複数重複する地域に焦点を当て、4つの代表的な地域(萩、阿蘇、奄美、西表)を取り上げることとした。これらの地域は、文化財保護、地域づくり・まちづくり、観光、あるいは自然環境保護などの分野で独自の取り組みを行っており、それぞれに特徴的な資源集成の事例が見られる。各地域で学術研究や実務に携わってきた専門家の寄稿を通じ、これらの地域における資源集成制度の複数導入がどのような意義を持ち、どのような効果を生み出しているのかを深く議論していく。特に、制度の重複による相互作用や、地域ごとの課題と成果について掘り下げ、資源集成の新たな可能性を模索する機会としたいと考えている。
(東京都立大学大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 准教授/本号特集担当)
(注1)資源集成制度という呼称は、以下の論考においてその概念が提示されている。小嶋海輝・岡村祐(2024):阿蘇地域における草原の再認識活動から見る資源集成制度の関係性,日本建築学会大会学術講演梗概集, F-1(選抜梗概), pp.185-188
(注2)山川 志典・伊藤 弘・武 正憲(2017):「地域遺産制度」の実態と成果,ランドスケープ研究 80 (5), pp.537-540