第一回サウジアラビア産業遺産ワークショップへの参加
第一回サウジアラビア産業遺産ワークショップへの参加
Participation in the First Saudi Industrial Heritage Workshop
西川 三津子 Mitsuko NISHIKAWA
2024年5月7日(火)にサウジアラビア王国・首都リヤドにて、同国およびGCC[1]圏における初めての産業遺産に関する大々的なワークショップが開催された。私は、その開催日からわずか一か月前に、サウジアラビア王国·文化省から直接照会をうけたイコモス日本委員会から招聘プログラムの話をうけた。
結果として、その話はショートノーティスではあったが、基調講演のスピーカーの一人として私は参加を決めた。なお、このワークショップの報告は、開催当日のアラブニュースサイト(英語)[2]の記事を用いる。文末には、海外招聘者は6名の講演タイトルを記す。
サウジアラビア王国遺産委員会は、産業遺産の認知度向上、保存、多様化を促進するため、産業遺産に関する国際ワークショップを開催した。その初日はJAX地区[3]ではじまった。5月7日にリヤドで開催されたこのワークショップでは、世界規模での産業遺産、サウジアラビア王国内の産業遺産、産業遺産サイトの再生と修復の事例研究などのトピックが取り上げられた。このワークショップでは、トッシュ・ワーウィック博士 (英国)、 西川三津子氏(日本)、産業遺産の専門家であるミルハン・ダミン博士(エジプト)など、世界的な専門家が事例を共有した。
ワークショップの開会挨拶は、ジャッセル・アル=ハルバッシュ総裁が行い、同氏は特に鉱業部門におけるサウジアラビアの注目すべき産業遺産サイトについて強調した。
開会の挨拶の後、ワークショップの参加者や講演者のうち、バーレーンのアラブ地域世界遺産センターから参加したシェイク・イブラヒム・アル・ハリファ、JAX地区から参加したアマール・アル・ハルビ氏、国際産業遺産保存委員会(TICCIH)から参加したマッシモ・プライテ氏など、この分野への貢献が認められた数名の参加者に記念の盾が贈られた。ワークショップの最初のセッションでは、国際的な産業遺産について幅広い概要が説明され、パネリストがドイツ、ラテンアメリカ、英国からの知見が共有された。
TICCIH の事務局長であるマリオン・スタイナー博士(ドイツ)は、産業遺産の解釈とグローバルな視点について講演。同博士は、『産業遺産に対するグローバルな理解が、お互いの理解を深め、人々の心に平和構築の火を灯すことにつながる』と強調。また同博士は、サウジアラビア王国遺産委員会が主催したワークショップのような集まりは、『歴史と時代を超えて、場所や人々を結びつけるものについて、より深い理解をもたらすプロセスの一つの要素となる』と、アラブニュースに語った。
TICCIHの会長であるマイルズ・オグルソープ博士(英国)は、産業遺産の幅広い定義と、農業、鉱業、石油・ガス、重工業、海水淡水化など、このカテゴリーに含まれる広範な分野の一覧について説明。同博士は、産業遺産はサイト、構造、建物群、およびそれらに関連する文書や歴史から構成される、と説明。『産業遺産には、有形資産だけでなく、ノウハウ、仕事の組織化、労働者、そしてコミュニティの生活や社会全体、さらには世界全体にも大きな組織的変化をもたらした複雑な社会的・文化的遺産といった、動産・不動産・無形資産の両方が含まれる』と、同博士は述べた。
ワークショップの一環として、同委員会は、石油・ガスプロジェクトを含むサウジアラビア王国の産業遺産サイトを探索できる複数のVRステーションを設置。これらのステーションでは、1950年代の石油ブームに遡る「タップライン」などのエンジニアリングの偉業に関する情報を提供する。この国際ワークショップの開催により、サウジアラビア王国は産業遺産の記録化·ドキュメンテーション化にさらに積極的に取り組むことになった。ワークショップでは、参加者に国際的な専門知識の共有、意見交換、産業遺産保存戦略に関する議論への参加を呼びかけた。」以上がフォーラムのあらましである。
「明治日本の産業革命遺産」について少し言及する。文末のプレゼンテーションを参照されたい。
発表タイトルは、A look at International Industrial heritage Information – in the case of “Meiji Industrial Revolution sites in Japan” 「国際的な産業遺産に関する情報―明治日本の産業革命遺産」を事例とした。
プレゼンには4つのトピックを設けた。1.序章として、明治日本 の専門家の写真、2. 同資産の概略、3.戦略的枠組みおよび保全活動およびインプリ戦略、そして4.4つの挑戦、と題し、登録されてからの「点・線・面」をつくるうえでの戦略や活動を、動画も含めて紹介。プレゼン内に3枚の動画スライド(専用アプリの使い方等)を用意した。それらの、会場の反応は、手前みそかもしれないが、非常にポジティブで好評をえたようだ。そのためか、私の発表直後に、アル=ハルバッシュ総裁から直接プレゼンのコピーがほしい、との要望をうけた。
サウジアラビア文化省の一人の女性が述べたことを紹介する。彼女いわく、「サウジ国内の暫定リストにある稼働資産を含む5つの構成資産からなる石油産業遺産(The Oil Industrial Heritage in Saudi Arabia[1])がある。いわゆる稼働資産であり、その石油施設や関連施設を運営している所有者(政府の許可のもと経営権を与えられている人々)が心配を抱えている、という懸念があるために、明治日本 に非常に関心を寄せている」とのことだった。その心配事とは、世界遺産に登録されると石油施設の利益を含む運営権がすべて国に没収されるのではないか、という懸念であった。そのため、時期は未定であるが、ぜひ日本に彼ら所有者も含めて赴き、明治日本の関係者と話せる機会を設けたい、とのことであった。
フォーラム以外の活動について報告したい。ワークショップ後、JAX地区(石油貯蔵庫があった倉庫群)という場所にゴルフカートで移動。現在は、アーティストのアトリエ(100+ユニット)として貸し出しているとのことで、3~4か所のアトリエを見学。
翌日の8日は2つのイベントが用意されていた。最初はサウジアラビア王立博物館。解説者は一方的に解説するのではなく来館者である私たちとの対話を重ね、ユーモラスに展示物等を説明してくれた。この博物館は再度訪れてみたいと思えた。その後、文化省の1F図書室での単独インタビューの撮影。お題は、1.産業遺産の意義、2.遺産を継承することで大切なことは? だったように記憶している。しかし、私たちは誰一人として、その録画がどこで何の目的のために使われるのかはまったく知らない。
最後に総括する。開催日まで一か月もない中で、準備し、無事に終えて帰国したが、アラブ圏との意思疎通は、私たちの「普通」は普遍的ではない、ということを再確認すること。この招聘プログラムにおいては、海外招聘者の私たちの「土壇場力」がつねに試されているような印象をえた。彼らが意図するように動き、彼らが意図するように発言し、彼らの体面が保たれるように振る舞うことが期待されていた。また、サウジアラビア王国は、他のアラブ諸国よりもいち早く産業遺産(石油関係)を世界遺産にすることで、国の威信を高めることを目的としているように窺えた。
かつて、一度サウジアラビアの石油産業遺産に携わっていた世界遺産推進チームが日本に来日したことがあると聞いていた。その時は、明治日本の資産の管理方法を学んでいったようだ。今回の招聘プログラムにおいて、サウジアラビア側と私たち6名は直接対話する機会や石油産業遺産の関連施設への視察もなかったため、その現状は知る由もない。
[1] 通称、湾岸協力会議。中東およびペルシャ湾岸における地域協力機構。正式名称は、Cooperation Council for the Arab States of the Gulf であり、湾岸アラブ諸国協力会議
[2] https://www.arabnews.com/node/2506276/saudi-arabia 参照日2024-07-23
[3] JAX地区(JAX District)は、サウジアラビアのディルイーヤ(Diriyah)にある産業施設があった場所を更地にし、アーティストやクリエイターのための活気ある拠点へと成功裏に転換させた。https://www.visitsaudi.com/ja/diriyah/things-to-do/events/jax-district 参照日2024-07-30
[4] https://whc.unesco.org/en/tentativelists/6639/ 参照日2024-7-31
【外国人招聘者6名】
- Dr Miles Oglethorpe
Definitions of Industrial Heritages
-Professor Massimo Preite
International Assessment of Industrial Heritage (Global, European, and Asian
-Dr Marion Steiner
Interpretation of the world industrial heritage – a view from Latin America
-Dr Tosh Warwick
Challenges and Opportunities for making places through industrial heritage: examples from the UK and Europe
-Ms Mitsuko Nishikawa
A Look at International Industrial heritage Information – in the case of “Meiji Industrial Revolution sites in Japan”
-Dr Mirhan Damir
Industrial Heritage in Egypt: Opportunities and Challenges