シリーズ「会員往来」


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シリーズ「会員往来」

Correspondence

小堀 貴子 Takako KOHORI

小堀貴子-01

会員往来の第7回を担当いたします、EP(若手専門家)委員会メンバーの小堀貴子と申します。私は2013年に、当時の指導教官であった赤坂信先生の紹介でICOMOSの会員となりました。現在は、東京都立大学都市環境学部観光科学科に所属し、研究と教育に取り組んでいます。

私の専門は造園学です。造園学の対象のひとつである歴史的庭園は、1981年のフィレンツェ歴史的庭園憲章の中で「主として植物という消滅し易く、且つ、再生可能な生きた材料からなる“生きている”建築複合物である」「生きている記念物(a living monument)」と定義付けられています。

さて、この“生きている”いう考え方は、実は今から100年前の日本の森づくりの計画書にすでに記述されています。本郷高徳先生によってまとめられた明治神宮の森の設計図「明治神宮御境内林苑計画(通称:林苑計画書)」です。第3章第6節にある「林苑の管理機関」には次の文章があります。

林苑の管理は普通の社務と分ち、独立せる管理機関、即ち林苑部を置き、林苑技術者をして専らこれに当らしむべし。

林苑造成の材料は、建築物の如く生命なき木石材にあらずして、生きたる材料(即ち樹木、その他の植物)を主とし、これらは、あるいは取扱の方法により、あるいは年齢の如何により、常に生育状態を異にし、したがって風致的効果同じからざるものあるを以て、林苑の管理は建物の修繕維持と同一の取扱を許さず。必ずや根本計画を理解せるものが、よく林苑の生育に適応せる撫育をなすにあらずんば、設計の理想を実現せしむること、はなはだ難し。(中略)

かの結構の美と意匠の妙を以て名ありし幾多の苑園が甚だしく荒廃し、あるいは今日より見て、風致的価値少なきの状態にあるは、造園材料が主として生きたる材料、即ち植物より成れる結果、当初の設計を理解せざるものの手によりて維持補綴の法を誤まりたるに原因せざるはなし。

本郷先生は、生きている材料によって時間をかけて作り上げられる空間が設計時の理想を実現するためは、将来維持管理に携わる者が十分にその計画を理解していなければならないと強く指摘しています。

造園学が扱う空間や風景は、他の分野と比べて “なじむ”時間が不可欠であり、目標とする姿に向けた時間の変遷を考慮しなければいけません。空間の風致的価値を最大限に発揮するために、長期的にビジョンを共有する必要があります。林苑計画書は100年も前にまとめられましたが、その考え方は現代に通じる点が多く、私たちに貴重な示唆を与えていると思います。このように過去の計画や思考プロセスを振り返ることは、今後の目標像や計画を考える際にとても大切なことです。これから先の文化財の在り方を考えるために、文化財の保護と活用に対して長年の議論が蓄積されたイコモスの歴史的知見を紐解いていければと思います。