研究会報告「日本イコモス第4小委員会(世界遺産)研究会 世界遺産条約に関する昨今の動向」


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研究会報告「日本イコモス第4小委員会(世界遺産)研究会 世界遺産条約に関する昨今の動向」

Seminar Report of the 4th Sub-committee of ICOMOS Japan “Recent trends regarding the World Heritage Convention”

藤岡 麻理子 Mariko FUJIOKA

研究会様子

2024年2月29日(木)17時半より、日本イコモス第4小委員会(世界遺産・主査岡田保良)の研究会「世界遺産条約に関する昨今の動向」を対面・オンラインのハイブリッドにて開催した。これは、サウジアラビアのリヤドで開催された第45回世界遺産委員会(2023年9月10日~25日、議長国:サウジアラビア)の内容と論点、また、近年の世界遺産条約のシステムの変更について日本イコモス会員間で共有し、議論を行うことを目的とするものである。第4小委員会ではこれまでも毎年の世界遺産委員会をうけて同趣旨の研究会を開催してきたが、2022年はロシアによるウクライナ侵攻の影響により世界遺産委員会自体が延期となったため研究会も実施しておらず、2年ぶりの開催となった。参加者は53名(うちオンライン48名、対面5名)。

岡田主査の趣旨説明から始まった今回の研究会では、小委員会委員の大野渉氏による第45回世界遺産委員会の概要と注目すべき事項についての報告、文化庁の鈴木地平氏による世界遺産条約の制度改定についての報告の後、小委員会委員の稲葉信子氏が今回の世界遺産委員会をうけてのコメントを述べ、ディスカッションの時間となった。三氏からの報告・コメントおよび意見交換は多岐にわたる内容を含んでいたが、本稿では特に以下のトピックについて報告内容の概要と論点を記録しておきたい。


1. 新規推薦と審議結果

2022年に審査予定であったものを含め、全50件の新規登録・拡張案件が審議された。文化遺産としての新規登録の審議は34件であったが、イコモスによる勧告が情報照会だった6件はすべて記載、記載延期だった4件は記載3件・記載延期1件、不記載だった1件は記載延期という結果であった。大野氏からは、諮問機関の勧告と異なる決議内容について政治化と捉える向きもあるが、22件に記載勧告が出ていたという側面をみるとイコモスと締約国の間のダイアローグが進められてきた成果が出ているという見方もできるのではないかとの考えが示された。また、複合遺産の新規登録がなかったにもかかわらず、暫定リストでは複合遺産の件数が減少していることについて、複合遺産の世界遺産登録のハードルの高さが影響している可能性について指摘があった。

2. Sites of Memory

近過去の紛争に関わる遺産を世界遺産という枠組みにおいてどう扱うかについて、2018年より継続して議論が行われてきた。世界遺産委員会において設置されたワーキンググループは2022年6月に、近過去の紛争に関連する記憶の場(sites of memory)に適用できる「一般原則Guiding Principles」を提示しており、2023年1月の世界遺産委員会特別会合では同原則を採択し、その登録を行うことを決議している。ただし、sites of memoryという新しい文化遺産カテゴリーがつくられたわけではなく、作業指針にもsites of memoryの語は出てきていない。

一般原則では、sites of memoryについて推薦書への記載事項が挙げられており、基準(vi)についての評価、物理的な場のオーセンティシティの評価、地元・国・地域・国際の各レベルで生じうる不協和音の最小化の努力、影響を受けうるすべてのステークホルダーの参加、インタープリテーション戦略、教育プログラム、紛争に関する和解の取組み等が登録の要件に含まれることが示されている。特別会合では、sites of memoryについてさらに、暫定リスト記載時および推薦書提出時に締約国が異議申立てを行うことのできる仕組みの導入を決議し、世界遺産センターは対話を促すものとした。

今回の委員会ではルワンダ、ベルギー・フランス、アルゼンチンの計3件が審議され、イコモスによる記載勧告が出ていたのはアルゼンチンの案件のみであったが、すべてについて記載決議となった。今回の3件のほか、推薦書が提出されている案件が3件あるとのことであり、今後しばらくはsites of memoryの登録は続くのではないかとの見解が鈴木氏からは示された。

3. 事前評価制度について

第44回世界遺産委員会で導入が決議された事前評価(Preliminary Assessment)制度の運用が始まっている。事前評価は、正式の推薦書提出に先立ちすべての資産に義務づけられる、諮問機関によるデスクレビューを基本とした手続きである。1年以上前までに暫定リストに記載されている資産が対象であり、毎年9月15日を申請〆切とし、その翌年10月1日までに評価結果が提示されるが、その後、正式な推薦まではさらに1年以上を空ける必要がある。つまり、事前評価の申請から世界遺産推薦まで実質2年半弱、暫定リスト記載からは3年半弱を最短でも要することとなる。事前評価の結果は5年間は有効となるが、将来的な登録を約束するものではなく、またその結果如何にかかわらず、正式な推薦プロセスに進むことも可能である。2026年に2月1日までに正式な推薦を行う資産については移行期間として、事前評価制度の利用は任意となっているが、利用する場合は2023年9月15日が申請〆切であった。日本政府は彦根城について事前評価の申請を行ったが、他にも複数国が任意で申請していると聞く。

なお、諮問機関と締約国の間のダイアローグという点ではアップストリーム・プロセスが先行して導入されているが、本制度の開始によってその位置づけは変わるのではないかというのが鈴木氏の見方であった。

4. (再生可能)エネルギー開発と遺産保護

世界遺産委員会における保全状況報告の審査は、特に大きな問題がある案件のみ個別審査を行い、その他の案件はまとめて決議案が採択されている。今回、個別審査が行われた資産のひとつに、前回も審議対象であったラオスのルアン・パバーンがある。27km離れた地点での国際協力によるダム開発が世界遺産の町に影響を与えることを懸念したものであるが、稲葉氏からは、エネルギー確保は各国の重要課題であり、遺産保護がそれを止めるためには理想論に留まらない説得力が必要になる。今回の保存側の応答は検証しておく必要があるとの意見が示された。同時に、こうした開発支援は日本を含む先進国が世界中で行ってきたが、国際協力を行う国々は当該国の遺産保護にも責任をもつべきという指摘が以前にあったとの紹介もなされた。

一方、再生可能エネルギー施設の開発が遺産にもたらす影響については、オランダ政府ユネスコ信託基金を財源として2018年からHIAガイダンスツールの制作プロジェクトが行われている。風力発電については欧州の文脈で検討した方針がユネスコHPで公開されており、太陽光発電施設の開発に関しても議論が始まっている。


以上の主たるトピックのほか、世界遺産条約の枠組みにおける“アトリビュート”という語にはオーセンティシティのアトリビュートとOUVのアトリビュートの2種類があること、危機遺産という語がマイナスのレッテル貼りになっている印象もあること、伊勢神宮や錦帯橋について文化財としてのオーセンティシティを評価しうる可能性、現在の3つの諮問機関が将来にわたりその立場であり続けるかは議論があること等が質疑も交えながら議論された。個々のテーマについて議論を深めるには時間が足りず、これまでその必要性を認識しつつも実現できていないテーマ別研究会の開催も考えていきたい。