アンコール・ワット西参道修復工事完了報告 -上智大学国際奉仕活動(ソフィア・ミッション)を遺跡現場で実践-


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アンコール・ワット西参道修復工事完了報告 -上智大学国際奉仕活動(ソフィア・ミッション)を遺跡現場で実践-

Restoration of the Western Causeway of Angkor Wat Completed -The Activities of the Sophia Mission in Cambodia-

石澤 良昭 Yoshiaki ISHIZAWA

修復工事完成写真 アンコール・ワット西参道から、環濠、そして65メートルの中央尖塔の大パノラマを遠望する。

カンボジアでは1970年からの政治混乱で、多くの人が難民として国を離れ、1975年に政権を掌握したポル・ポト政府は約200万人に及ぶ知識人を虐殺し、アンコール遺跡保存官たちは外国語に汚染されているとして40数名が行方不明となりました。カンボジアでは遺跡保存官がゼロとなってしまいました。そのあと国内では4派に分かれて内戦(1979-1993年)となりました。

私たちは、和平前の1991年からカンボジア現地で人材養成プロジェクトを開始しました。アンコール・ワット西参道を実習工事現場に選び、カンボジア人自身が自前修復できるように33年かけて人材を養成し、やっと西参道の完成にこぎつけました。カンボジア人の手により西参道が修復され、掲げた目標は"By the Cambodians, for the Cambodians"でありました。カンボジア民族の悲願が、1953年の独立後、約70年かかって実現した遺跡現場です。

西参道の修復断面図(第二期工事後の状態を示す)

西参道の規模

カンボジアの文化遺産がカンボジア人保存官の手により修復されるという、ごく当り前のことが、ここに実現いたしました。カンボジア人だれもが西参道の修復をよろこび、昨年11月4日に挙行された完成式典を待ち望んでいてくれました。

石造大伽藍アンコール・ワットこそが、カンボジアのみなさんにとっては民族統合のシンボルであり、同時に民族の誇りの象徴であり、そこには大守護精霊がいるといわれている特別な寺院でもあります。11/4完成式典当日は、西参道にはN.シハモニ国王様、現首相と前首相がご臨席くださり、39名に及ぶ閣僚や長官や知事や高位高官がずらりとならび、カンボジアの国威を全世界に向けて発揚する大舞台となったのでした。昔からの伝統にのっとり、だれもがうれしさに満ちあふれ、熱狂したカンボジア民族の大祭典式でありました。

まず、最初に僧侶団による読経、次にアンコール・ワットの神々に対して古典民族舞踊のアプサラ・ダンスが奉納され、両国国家が斉唱されました。そして、N.シハモニ国王さまの前で、最初サコナ文化芸術大臣閣下が、次に上智大のアジア人材養成研究センター所長の石澤良昭、理事長のアガスティン サリの3名が上奏いたしました。その後にN.シハモニ国王様から上智大学への労いのお言葉を賜りました。そして、渡り初めの儀式がはじまりました。テープカットのため国王様は、石畳上を一歩ずつ踏みしめながら、ゆっくり歩かれました。35度を超える炎天下の太陽のもとで、カンボジア王国政府の新首相フン・マネット閣下、前首相のフン・セン閣下など高位高官などが新参道上に居並び、国王様の後を静かに、うれしい気持ちを満面に浮かべゆっくり歩かれました。王様にはプノンペンから持ち運んだ金色の高い天蓋が差し掛けられ、さながら盛時のアンコール世界のようでした。次に記録写真撮影が行われました。

カンボジアのみなさまは民族の誇りを全身にみなぎらせながら、意気揚々と一歩ずつ進まれ、そして、顔を少し紅潮させ、そこには出席者のなみ外れた崇敬の気持ちの高まりが感じられました。これまでで最も盛り上がりを見せた「渡り初め式」の祭典でした。アンコール・ワットというのは、カンボジアのみなさんにとっては、民族統合のシンボルであり、同時に民族の誇りであり、特別な存在であることを、この式典を通じて全世界へ発信されました。

振り返れば、上智大学の元学長J.ピタウ大司教様は1979年からカンボジア難民の救済活動を実施いたしました。それに引き続き、私たちソフィア・ミッション(上智大学国際奉仕活動)は、保存官の人材養成および技術移転のため、工事をアンコール・ワット西参道の現場において続けてきました。

プノンペン芸術大学集中講義(1991)

学生研修(1994)

1991年からアンコール遺跡の現場実習に保存官候補者たちを入れました。1996年には、研修授業の施設として現地シェムリアップ市内に「上智大学アジア人材養成研究センター」を建設し、夕刻から保存修復の講義を実施してきました。このアンコール・ワットの修復実習工事は、カンボジア王国政府の遺跡公団(アプサラ機構)との共同工事でした。西参道は陸橋で、全長が200mあります。第1期工事は1996年から2007年にかけて、第2期・第3期工事は2016年からはじまりました。西参道修復工事には、日本国政府ODA(一般文化無償資金協力)から遺跡修復機材(タワー・クレーン等9,400万円相当)が供与されました。加えて、上智大学の卒業生や関係者、そして修復事業を助けてくださっている日本のボランティアの皆様から多大なご支援を賜りました。さらに、専門家として工事をご指導くださいました平山善吉委員長(上智大学客員教授、日本大学名誉教授)をはじめ、現場で指導くださった技術委員先生方14名が西参道修復現場までご出張いただき、献身的なご指導をいただきました。この工事の詳細は毎年現地で開催されるアンコール遺跡救済国際調整委員会(ICC)に報告され、ユネスコが委嘱したフランス人建築家ラブロード(P. A. Lablaude)先生をはじめ4名の expert (Ad-hoc en conservation)からのICC Recommendationsをいただき、教育プログラムの視点から修復工事を進めました。

研修作業の最中の2001年には、バンテアイ・クデイ遺跡の地中から274体もの仏像を発掘し、フランス極東学院の構築したアンコール王朝史を書き換える歴史的な大発掘となりました。世界のほとんどのメディアが取材に来訪したのです。それは文化遺産大国カンボジアの面目躍如でした。これら仏像280点は、日本のイオングループの支援を受け、当時の国王の名前を冠した「シハヌーク・イオン博物館」を上智大学が建設し、カンボジア王国政府へ寄贈いたしました。博物館はアンコール遺跡入場ゲートの隣地16,200㎡、建築面積は2階建て1,728㎡で、2007年11月にN.シハモニ国王のご臨席を仰ぎ、落成式が執り行われました。

半世紀にわたるカンボジアの現場に出かけての国際奉仕活動(ソフィア・ミッション)は国内外で高く評価され、2017年上智大学は「ラモン・マグサイサイ賞」を受賞しました。また、昨年2023年11月西参道完成式典では、修復工事における技術指導が、ユネスコおよびカンボジア王国政府から高く評価され、アガスティン・サリ(上智学院理事長)を初め、上智大学関係者の17名全員にサハメトレイ勲章/友好勲章が、シハモニ国王陛下から親授されました。

前国王シハヌーク殿下は「カンボジアが最も困難に直面していた時、最初にカンボジアに来てくれたのは東京の上智大学であり、最初に井戸を掘った人を忘れてはならない」と1992年ユネスコの国際会議で発言されました。上智大学のソフィア・ミッションは「困っている人の前をだまって通りすぎない」を掲げて、活動を今後も続けて参ります。上智大学とアプサラ機構は、カンボジア人保存官の技術研修の継続を主眼とする新しいMOU(協定)を取り交わし、さらに共同作業を継続する体制を整えたところです。

修復工事完成写真 アンコール・ワット西参道から、環濠、そして65メートルの中央尖塔の大パノラマを遠望する。

修復工事完成写真 修復された中央テラス、シンハ立像およびナーガ(蛇神)が参道を加護している。

(上智大学アジア人材養成研究センター所長・教授)